以前にも書きましたが、私の仕事は「葬儀やの事務」です。
毎日、「お葬式」のお手伝いをしています。
この仕事に就いたときは、知らないことがたくさんあって
毎日が勉強で、ちょっと言い方がヘンかもしれなけれど
楽しく過ごしていました。
でも、今はちょっと違います。
今日、お客様からのアンケートについて、ちょっと話しがありました。
『葬儀のプロとしての自覚がまったく感じられない』というご意見でした。
病院から自宅に帰ったときの対応から、亡くなった方が大事にされていた
ものを粗末に扱った・・・・などなど
お客様のご意見として、ごもっともだと思うことがそれには書いてありました。
クレームがあったとき、「犯人捜し」をしたがりますが
それは、違うと思います。
まずは自分を疑え・・・です。
自分はお客様に対して、どういう気持ちで接しているのか
今後クレームにならないよう、どういうふうに変えたらいいのか
考えるべきなのではないですか?
「亡くなったかたのことを、もっと大事にしなくちゃね
命を粗末に扱ったらだめだよね」
そう言った社員の言葉を、笑って片付けるパート社員・・・。
とっても悲しくなりました。
そんなの当たり前のことでしょう?
どんな人だって、どんな状況だって、誰かが亡くなって悲しまない
ひとなんていない。
笑って過ごせるあなたは、まだその体験がないから?
私は、許せないよ。
そんなひとは、仲間と思いたくない。
ものすごく、悲しい気持ちになって
もう、この職場にはいたくない・・・
そう思いました。
映画をみてきました。
原作も読んでますが、どうしても観たかったし。
しかし、観ていいのか、ちゃんと観ることができるのか
ちょっと不安だったが・・・。
いろんな思いがよみがえってしまって
結果は
帰りのクルマのなかで、ひとり号泣・・・。
もし、本当に「ツナグ」という使者がいるのだとしたら
いまの私は、パパに会いたいと願うだろう。
そして、今まで言えなかったことも
聞けなかったことも
話したいと願うだろう。
でも、それが本当にしていいことなのか
それとも今のまま、わからないままのほうが
自分にとって良いことなんじゃないか・・・とか
いろんなことを考えてしまった。
たった一度しか会えないその時間を
パパは、私に会ってくれるだろうか?
それとも別の誰かに会いたいんじゃないだろうか。
ただ、映画のなかで
「やらないで後悔するより、やって後悔したほうがいい」
その言葉は、自分にちからを与えてくれた。
何もしないで、くよくよしても仕方ない。
ちょうど一年前くらいかな?
自分もちょっと落ち着いて、いろんなことをノートに吐き出すようになったのは。
いいことも、悪いことも、全部ノートに書いた。
・・・が。そのノートが無い。
というか、みつからない。
もう、今日で3日も探してるのに・・・。
たぶん、家のどこかにあるんだと思う。
けど出てこない。
仕事も異動が決まって、ちょっと気分が変わったこともあり
パパが、「もうこのノートもいらないんじゃない?」とでも
言ってるかのようだ・・・。
確かに読み返したりすると、その時の気持ちが思い出されて
いいことないしな・・・。
でも、やっぱりないと困る。
パパ。どこにあるのか、教えてよ。