数十分後🕑
サリーは面接をしていました
そこは、つい先日オープン1周年パーティーをしたと言う鉄板焼レストラン『SHINBASHI』
目の前には寛太さん
『あ、っそうなんだ。ナオコさんにも久々に会ったけど、元気そうで何より。ところで日本はどこ出身? 僕、池袋( ・ิω・ิ)』
池袋なんだ
今までの人生で縁は全く無い
祖母に『新宿から先は行くんじゃない。ヤマンバが出る
』
と言われて育った
ヤマンバが何か分からないけど恐い所
と言うイメージが勝手にあったサリーでした
寛太さんは29才だそう
カリフォルニアには約10年くらい前から住んでいるけど、続けてではないらしい。
知り合いだったオーナーがこのお店をオープンするにあたり、マネージャーして欲しいと頼まれたのだそう。
生まれも育ちも池袋・ิω・ิ
少し前まで駅の隣(池袋駅ではなく、隣の隣位の駅)に家があった
でも父親の自営が悪化で🏠は手放し
同時に体を壊して入退院の繰り返し
母親は生活の為、清掃の仕事をしている
姉が二人いて、自分は末っ子長男
などなど
仕事に関係ない話まで話す寛太さん( ・ิω・ิ)
『じゃあ早速明日からって事で良いかな?僕の彼女がトレーニングするから心配しなくても大丈夫だから
』
ありがとうございます!
よろしくお願いします!
よしこちゃんを連れて
必死にデビーの家を出たサリー
あれから
たったの
3日間で
環境はガラリと一変した
アメリカ人を始め、多国籍人の中で生活してきたアメリカ生活
こんなに日本人っているんだね
大学へ行く!
その前に自立
そうとなったら仕事だ!
仕事してる間
よしこちゃん
大丈夫かなぁ
仕事の面接が
人生の面接
になっていたなんて
夢にも思わない
サリーちゃん
18才
秋の訪れを感じる
夜でした
時は1988年
続く