仕事というのは、本来「孤独」なものなのかなと感じる。
というのは、自分で考えて行動をし、何かを作り上げるわけだが、その過程で自分なりの思いなどが当然のことながら織り込まれる。
そして、それが公になったとき・・・。
つまり社内での発表などのとき。
それがどの程度、「共感」を得られるのか。
もしかしたら、誰からも受け入れてもらえないかもしれない・・・。
自分の提案するものは、結局どこか間違っているのかもしれない・・・。
やった仕事が全然うまくいかない・・・。
そういった、ある種の「孤独」と闘いながら、自分なりの答えを見つけていく場が「仕事」なのではないだろうか。
大前提として、全ての人から満場一致の共感を得られることというのは、一部の一般常識的範疇を覗いては、ほとんどないだろう。
なぜなら人は、それぞれに価値観の異なる生き物だから。
仕事における強さとは、それらを乗り越えて、自分なりに出した答えなんだろう。
だからこそ人は、自分の仕事に思いなどを託すようになっていくのではないだろうか。
普段は、忙しく働いているから、そこまで1つ1つの仕事に対してしっかりと考えられているものばかりではないと思うが・・・。
話を戻して、それが受け入れられる事もあれば、つっぱねられることもある。
それは、その時々の状況や、会社の方針などもあるだろうから仕方がない。
けれど、それを作った個人にとっては、自分の思いを託した大切な「作品」なのである。
だから提案1つ取っても、述べられた意見1つにしても、見下したり、簡単に取り下げるということは、本来簡単に行えないものであるはずなのだ。
方向性の違いはあれども、絶対的正解のある仕事というのは、ほとんど存在しない。
つまりは、どれだけその組織の中で共感を得られるかが問題なのだ。
仕事における「孤独」は、組織における「共感」により軽くもできるし、さらなる孤独をも生む。
どれだけの共感を生みだし、社会的に価値のあるものを世の中にだせるかどうかというのが、その組織の価値というものではないだろうか。
