次回のお茶会の声のも大きいので、今回のお茶会のまとめをしたいと思います。
少しだらだらと本音を書いていきたいと思います。他の方の参考にもなれば、幸いです。
よろしければ、次回のお茶会の参考にしたいので、意見をお待ちしております。
今回のお茶会の目的
結論を先に書くと
気軽に自由に参加できる場所を作りたかった
というのがあります。
1発達障害という部活動を通したイベントを開けないかなと言う企画
目的の第一前提として、障害をメインに語ったり、生きづらさを語る、コミュニケーションの向上をメインに語ると行った場所にしたくはありませんでした。会話の中ででてくるのは全然オッケーですが、あくまでそれは部活動のお疲れ様会の一部として開きたかったのがあります。
2当事者会ではなくお茶会を開きたかった
当事者会という言葉を使うと、自分が「当事者」であることを自覚せざるおえないですし、言葉自体にも重さがあると僕は考えました。
なので、まずそのハードルを下げる目的が「お茶会」という名称には存在します。
3コミュ障がコミュ障として安心できる場所
参加者には会話が得意な方もいらっしゃるでしょうし、苦手な方もいらっしゃると思います。ただし恐らく参加される方は、「何かを持ち帰りたいと思っている」と僕は想像します。しかし、会話を苦手としている方は、自分が会話できないことでかえって自己肯定感を下げるのではないかと思いました。なので、会話含めて参加するしないも「自由」といたしました。お菓子を食べたりお茶だけのんで帰るもよし、他の人たちの会話に聞き耳や、空気読まず参加するもよし。これは、お茶会という建前を利用して安心できる場所を提供する狙いがありました。
裏の狙い(僕の本心)として
参加者をアスペルガーでもなく、ADHDでもなく、当然定型発達者でもなく、「ごく普通の人」としてふれあいがしたい、ふれあおう。
という、狙いもありました。
どうしても発達障害者である以上、自分も他者も発達障害者として扱いそうになったり、発達障害者であることに縛られやすいと思います。僕自身はそうです。その縛りに縛られるのが嫌なのでそれを壊したいと思ってました。