2050年7月1日(後に換算した日付です)
目が覚めると、私はある駅のホームのベンチに座っていました。その駅は大きなビルの5階から6階部分に位置しており、雰囲気は地下鉄のようでしたが、とにかく駅そのものが大きく、ゆったりとしています。通勤客は少なく閑散としており、入ってきた電車もスマートな緩いカーブを描いた、7両編成ほどの大きな車両でした。
私はその電車に乗り込みました。車内は驚くほど静かで、立っている人はほとんどおらず、皆が広々とした席に腰を下ろしています。 ビルを出た途端、電車が空中を走行し始めたのには内心驚きましたが、私は平静を保っていました。しばらくすると、電車は別の大きなビルの5階にある入り口へと吸い込まれるように停車し、数人の乗客が乗り降りしていきました。そこで私はある不思議なことに気づきました。車内には、案内のアナウンスが一切流れていないのです。
私は次のビルにある駅で降りました。どこへ行くべきか意識していなかったため、心の中には漠然とした不安がありましたが、足は自然と動いていました。エレベーターで17階のオフィスへ入ると、後ろから「Kohさん、おはようございます」と女性の声がしました。 「おはようございます、SAKURAIさん」 振り返りながら挨拶を返すと、彼女はこう続けました。 「今日の打ち合わせは11時から30分程度です。資料はこちらで用意し、説明も私が行いますので、Kohさんは最後のまとめをお願いします」 「わかった、よろしく頼む。それから、コーヒーを5人分お願いできるかな」 「もちろんです、用意しておきますね」
広めの部屋に入って自分の席に座ったとき、自分の中に「二人の自分」がいるような奇妙な感覚に襲われました。もう一人の私は、すでに机の上の書類を手に取り、内容を確認し始めていたのです。 しばらくしてお茶を運んできたのは、アンドロイドのロボット秘書でした。 「Kohさん、おはようございます。お茶をお持ちしました」
15時からは3名での社内ミーティングもありましたが、15分ほどで終わるリラックスしたものでした。 17時頃にオフィスを出て、5階の駅でベンチに座っていると、すぐに電車がやってきました。車内は朝より少し混んでいましたが、それでも立っている人はわずかです。 2つ目の駅で降りる際、再び少し不安になりましたが、歩いて7分ほどでマンションのようなビルの1301号室の前に着きました。すると扉が自然に開き、私は自宅に入ることができました。
家ではアンドロイドのロボットが待っており、「Kohさん、おかえりなさい。お疲れ様でした」と迎えてくれました。私が「ありがとう」と返してソファーでくつろいでいると、15分ほどしてロボットが「お食事の準備ができました。今日はおいしいワインも用意しています」と和やかに声をかけてくれました。 食事の間、ロボットは私の話し相手になり、背後では大好きなジャズのような音楽が心地よく流れています。食後、私がゆっくりしている間、ロボットはキッチンの片付けや明日の準備をこなしていました。10時頃にバスとシャワーが一体となったルームで20分ほど過ごし、11時頃に就寝しました。とにかく静かな環境で、深く穏やかな眠りにつくことができました。
 
2050年7月2日(土曜日?)
不思議なことに、二日目にして私はすでにこの街での生活に馴染んでいました。昨日の違和感は消え去り、街は見違えるほど近代化、あるいは「宇宙化」したような印象です。建物、インフラ、乗り物、そのすべてがかつて知るものとは異なりました。 最大の違いは、重力が制御されていることかもしれません。電車にも自動車にも車輪がなく、地面から浮いてスーッと音もなく動いているのです。それでも、人々は普通に地面の上を歩いています。
今日は休日のようで、私は自宅で好きな時に食事をとり、心ゆくまでくつろいでいます。この静かな環境に身を置いていると、不思議な安堵感と満足感に包まれ、不安や恐れが一切湧いてきません。鏡に映る自分の顔も、驚くほどリラックスしています。
そういえば、昨日のことで一つ不思議な現象を思い出しました。 最初に駅のベンチで目を開けたとき、周りには誰もいませんでした。「夢だろう」と思って一度目を閉じ、しばらくして再び目を開けると、そこには多くの人々が存在していたのです。まるで、その瞬間に世界が切り替わったかのように。今日は土曜日でした。


2050年7月3日(日曜日?)
日曜日の朝方、野山さんに出会いました。この日は珍しく、外で朝食をとろうと少し歩いて、少し小さめのビルの1階のビュッフェに行きました。多分8時ぐらいだったと思います。ビュッフェには既に何人かの人たちがくつろいでいました。4,5人用のテーブルには、,年配の人たちのグループがカジュアルな服装で食事をしたり、雑談をしていました。私は2人用のテーブルに席を取り、軽い朝食をとっています。BGMとしてあまり聞きなれない音楽がかかっていました。私には川の流れや軽やかな風の音に虫の声になどが混じっている不思議な音楽でしたが、なぜかリラックスできました。多分30分近くはこのビュッフェにいたと思います。
この日は通勤客の人と思える人は少なく、多くの人たちがカジュアルな服装で、街をゆったりと散歩していました。もちろんランニング中の人たちにも何人か出会いましたが、表情が軽やかで私自身も緊張みたいなものはほとんどありませんでした。
私の中では、意識していたもう一人の人の印象が段々となくなり、やっと自分を取り戻したように感じていました。それでも違和感はあまりなく、穏やかに過ごせていることに私はとても満足していました。
野山さんに会ったのは、このビュッフェを出てすぐにでした。
「西河さん、おはようございます」の声が聞こえたので、後ろを振り向くと野山さんでした。私は「野山さん、おはようございます。ところで今日はどうしたんですか?」と尋ねました。
「今日は、この近くのオフィスで講演会があるんです。少し話をするように言われましてね。」
「そうそう、先日のEBSTのnews letter の 記事見ましたよ」
「そうですか。今日はその記事に関係する講演のために来ました。私の番は11時からです。」
「西河さん、この近くに住んでいらっしゃったのですね」
「そう、5年ほど前からなんですよ」
「そうなんですね。今日は急ぎますので、またの機会にお話しでもしましょう」
「それはありがとう。よろしくお願いします。」
野山さんは、急いでいる様子でしたが、表情は明るくそれに貫禄みたいなものも感じました。
野山さんは、ユニバーサルコンサルティングサービスのCEOでした。社員数は320名で中堅の企業では有名でした。年齢は私より少し上ではないかと思いました。
(この時、私の年齢は55歳だったと思います)

2050年7月4日(月曜日)
お昼に春子さんに出会いました。
春子さんは、古くからの友人です。私よりも若く、最初に会ったときは、確か25歳だつたように思います。その時から考えると10年ぐらいも経過しているので、現在は35歳だと思います。
彼女の話では双子らしく、もう一人の妹がいると言ってました。
私が最初に会ったことろは、お母さんのお店(おばんざいの小料理屋)の手伝いをしていました。
兎に角、美人で常連客からは「こはるちゃん」と呼ばれていました。もう一人の妹は人づきあいが苦手で、ほとんどお店には顔をみせませんでした。
そういえば、ある日、いつものように夕食を食べていたのですが、春子さんに声をかけてもなんとなく愛想がなく、変だなと思ったことが何度かありました。あとでも春子さんに聞いたのですが、その時は妹がお店に出ていたようでした。
春子さんの印象は、「天然ボケみたい」「口数が少ない」「愛想がいいのか悪いのかわかりにくい」それでも時折、おしゃべりになり、周りの人たちを驚かせていました。
「Koh さん、こんにちは・・・」の声に私は「はっ!」と気づきました。何か考え事をしていたようでした。「えっ、春子さん、…今日はどうしたの?」と私は尋ねました。
春子さんはにこっと笑って「今日は・・・内緒・・・ではなくて・・・ロベール・ドアノー(Robert Doisneau, 1912-1994)の展覧会に行くんですよ。」
「えー、そうなんだ・・・パリの恋人たちという写真が有名だったよね」と私は尋ねました。
「えー、Koh さんもロベール・ドアノーを知ってるの?」と大きめの目をさらに大きくして驚いていました。「もちろん、知っているよ。でも”パリの恋人たち”の写真は展示されているの?」と私は聞きました。「Koh さん、何故そんなこと知っているの?」ときょとんした表情でした。
「Koh さん、一緒に行かない?」と誘われたのですが、
「本当は行きたいけど、今日は大事な会議があってダメなんだよ。残念だなー」というと、
「忙しいのはわかってますよ・・・でも美女が誘っても、行かないの・・・」と顔を寄せてきました。
「いや、ほんとなんだよ、今日の会議は・・・次の機会に誘ってくれる?」
「もうそんときは、誘ってやれるか、わかんないよ?」と笑って言いました。
いつまでたっても、彼女は可愛くて愛想がよかった。内心、こころはほっとした感じでした。
それでも、彼女の後姿は何となくさみしいような感じがしました。もちろん、これは私の願望かもしれません。

2050年7月5日(火曜日)
夕方、菊山さんに出会いました。
この時は、私が菊山さんに声を掛けました。
私は会社からの帰宅中でした。目の前に突然菊山さんが現れたのです。「菊山さん、今お帰りですか?」と尋ねました。彼女は幾分戸惑ったような表情で私を見て「えっ、西河さん、どうしてここに?」と聞いてきました。「私の家がこの近くなんです」
「えーっ。そうなんですか。私の家は、隣の街なんですよ。」
この時の菊山さんは、30歳前後に見えました。髪はポニーテールでお顔が少し小さく感じました。
背の高さは170cmぐらいでしょうか。兎に角、ビックリするぐらいの美人なんです。
ベージュのロングコートが似合っていて、手には濃ゆいグリーンのバッグを持っていました。
菊山さんは、そのバッグから名刺を取り出して私に渡しました。
「今のこの会社なんです。西河さんも時間のある時にいらしてください」
「菊山さん、この会社のファウンダーなんですか。以前お会いしたのは確か3年ほど前でしたのよね。何かの後援会で・・・・」
「そうですね。あの時は、友人の会社の後援会に呼ばれて行ったんですよ。・・・」
「デファクトスタンダードEPGという会社の佐々木さんという方と知り合いなんですか」と私が聞きました。
「そうなんです。来春に彼と結婚する予定なんです」
「そうですか、それはおめでとうございます。良かったですね。」
「ありがとうございます。ところで西河さんは現在何を?」
「私ですか。私は知人の会社の社外取締役をしています。UTCSという会社です。」
「火星に土地を持っているという会社ですね。火星への移住をサポートする会社なんですか?」
「そうなんです。まだ始めたばかりの会社なんですが、移住の希望者は段々と増えてきているように思います。菊山さんもいかがですか?」
「西河さん、今度その話を聞かせてくれませんか。」
「もちろんです。近いうちに案内のレターを送りますね。」
私も名刺を取り出して、菊山さんに渡しました。
「今度会ったら近くの喫茶店でゆっくり話をしませんか」と尋ねた
「そうですね。近いうちにそうしましょう。」
菊山さんの印象は、キャリアウーマンというより、落ち着いた感じのお嬢さんのような雰囲気でした。服装のコーディネーションはとても良くて、見とれるほどでした。

2050年7月6日(水曜日)
15時近くに、高野さんに出会いました。
モデルの高野さんに会ったのでは、ホテルのロビーでした。
私たちは次の昼食をどこにしようかを相談していました。
「リッツカールトンUPS」というホテルは、あるAIエージェントが運営するホテルとして世間によく知られていました。ホテルの従業員の70%は最新のヒューマノイドでした。つまり人は残り30%ということになります。ホテルの評価は高く、星5つというものでした。
「西河さん、今度のお昼はカナディアンフォレストでどうですか。シェフはカナダ人で、イタリアで20年近く料理を研究していて、TOKYOグランデに最近お店を出したのです。とてもおいしいと評判みたいなんです。」
「高野さん、そこにしましょう。そこの料理人ステファーノアロニは日本にも滞在していたそうです。カナディアンフォレストでも日本料理は食べれそうです」
「西河さん、最後には日本料理になってしまいますね。それでもいいですけど・・・」
「いやいや、今度は別のメニューにしましょう。最近イタリア料理も食べてみたいので・・・」
「良かった。でも、西河さん、食べているとき私の事を忘れないでね。」
「そんなことあったっけ?」
「ありましたよ、それもなんどもね。私なんか魅力ないのかと思いましたよ。」
「ごめん、食べるとき、食べることに夢中になる癖はまだ直っていないようで、そんな時は、高野さん、注意してくださいね。」
「いいですけど・・・、ところで西河さん、身長が少し高くなった感じなんだけど、どうしたの」
「あっそれ、最新のメドベッドのおかげかも・・・。半年ほど前に、友人の誘いで、エノアというメドベッドの治療というかサポートを受けたんだよ。年齢が15歳ほど若返った感じがしたんだけど、それ認めてくれたのは高野さんだけどよ」
「そうそう、頭の髪も普通に戻った感じですよね。ところで西河さん、本当の年齢は何歳なの?」
「いや、それ言ったら信じてもらえないと思うんでけど、・・・」
「例えば180歳とか?」
「いや、それ以上かもしれないよう!」
「イヤー、そうなの、私180歳の人とデートしているの?」
「ところで、高野さんは何歳なの?」
「私、?、私なんか、13歳じゃないかと思うけど・・・」
「高野さん、そんなことはないと思うよ、もしかして130歳とかね。」
「えーっ、そんな歳じゃないわよ・・・」
兎に角、デートの話が変な方向に向かってしまい。
最後には笑って別れました。
次の週にカナディアンフォレストで、久しぶりに夕食ということになりました。

2050年7月7日(木曜日)
わたしが目覚めたのは、人形町の駅のプラとホームのベンチの真ん中の席でした。
後で気づいたのですが、このタイムラインでの私の年齢は55歳ぐらいだったように思います。

本当に目が覚めたのは、火曜日のJBLミーティングの説明の最中でした。
大林さんから「西河先生、説明終わりましたよ」
の声で、現世界に戻ってきました。
その後は、何事もなかったように、ミーティングを続けて、終わりとなりました。
時間にすると5分程度だったように思います。

この立った5分で、異なるタイムラインでの生活は一週間弱といった感じになります。

一番印象に残ったのは、とても静かで、気持ちが安泰だったことです。

そのままあの世界に居ても良かったのではと思うほどでした。

兎に角、異次元のタイムラインにいたことにあまり違和感を感じていない自分に驚いています。