僕は存在する
アルバイトの行き帰りによくこの道をバイクで通る。公園と公園に挟まれた奥まで続く道。この道に入る公園の入り口は線路が近い。だからいつも背に列車音を受け、ブーンっとバイク音を鳴らして、朝と夜、僕はここを通る。
仕事先は自宅からバイクで10分。そこは普通のビデオ店。大学在中から働いているからもう二年たつ。今はもう凡人以下のただの苦学生。
三階建ての紫がかったアパートに戻ると、ひとつ決まってやることがある。手紙を書くことだ。もう少しでその事も終わる。 ふと、書いていることに立ち止まって最初に描いた自分の文章に目をやってみる。『どこから書けばいいのかわからないけど、とにかく、あなたに言われたように僕は書いてみようと思う。あれが起こったのは「カヌイ公園」というところで僕はいつもそこを通ってバイトに行っている』
朝の9時半、僕はビデオ店、裏側の駐車場にバイクを停めた。
店に入っていくと「おはよう」という耳慣れた声が刺激を満たすように聞こえてくる。
レジで店長山田さんが仕事をしていた。
「おはようございます」とみんなに挨拶をして、僕は奥の更衣室兼休憩室に入っていく。
中に同僚の矢沢さんが煙草を吸って、充分に天井を見つめていた。
そんな光景を見て、僕は「おはようございます」と挨拶をする。
「おはよう」
髭の生えた顔がどことなく、矢沢さんの力無さを主張する。
「今日、見たニュース?列車事故の」
「いや」
「見てないの。xx線の人身事故―。すぐ近くのxx駅通っているとこ」
「ああーそうなんすかっ」
「殺人よ、殺人っ」
「へー」
『おーい、早くしろ―。もう店開けるぞ―』
店長の声に僕らは慌ただしく休憩室を出た。
電車の音はガタンゴトンガタンゴトン。公園の森が鳴く音はスワ―。踏切をかき鳴らす警鐘はチンチンチンチンチン。帰路に僕がよく聞く音、である。
バイトの帰り、一緒に連れ立った沙耶さんとバイクを引きながら話をした。
「あやちゃんとは上手くいってる?」
「最近会ってないです」
「どうして?」
「さあ」
「ふーん、そう」
沙耶さんは僕の3つ上で美大出身の画家さん。そして同じバイトの人。
「沙耶さんは?」
「わたしはほら、ぼちぼちよ」
「そう」
「ふふっ」
「何か、おかしいんですか?」
「いやーなんでもない」
沙耶さんはすらってとして、背すじがピンと伸びている。
「もうひとつのバイトは上手くいってる?」
「はい」
「先週はどこにいったの、また河口湖?」
「そこは、また来週行きます」
「また?」
「はい」
「そう。楽しみね」
沙耶さんが聞いたのは僕が土日にバイトをしているツアーコンダクターのことで、忘れたころにたまに、その近況を聞いてくる。
「あ、そうだ」
肩掛けカバンから沙耶さんは一冊の文庫を取り出す。
「はい、おもしろかった」
「―そうですか」
「そうよ」
受けとった文庫を僕は背中のリュックにしまい込む。
「じゃ、わたし、こっちだから」
「じゃ」
僕は手をふって、線路沿いの道をバイクで駆けていった。
『「カヌイ公園」にはテニスコートが二面あって、夕方、僕が早番でそこを通った時なんか学生やなんかで人が多い。あなたもそれを知っているかもしれない。でもあの時は、僕は通常通りの閉店まで店にいたんです。そして、運が悪いことに遅番だったあやと店長と飲みに行ったんです。店長のいきつけの店があるからって、店長は最初、あやを誘ったんだけど、あやは嫌がって、それでなぜか僕が巻き込まれました。だから、あの、あの道を通ったのは深夜の2時くらいだったと思います』
机に愛想なくおかれた四角い時計が12時をさしていた。もう寝なくてはならない。
『続きはまた、明日書きます。紗江さん』
「警察?」
その言葉を聞いたのはあやと大学のキャンパスを歩いているときだった。
「さっき、事務室にいったときにいたの」
「そう」
「たぶん、あの列車事故のことなんじゃない」
「なんで、どうして?」
「講義の時にも言ってたから、先生」
「そっか」
「この後、予定何かある?」
「いいや」
「じゃ、付き合って」
「ああー」
「嫌なの?」
「いいや、いこう」
手をつないで、僕らは誰からも隠れるわけでもないのに正門ではなく、小さなこじんまりとした西門から大学を出た。
途中、制服警官が聖堂に背をむけて、電話をしている姿を見かけた。そこだけ、妙に記憶に焼きついた。
あの、あれが終わってから、すぐにやったことは家に帰って、服を脱いで、シャワーを浴びたことだったと思う。右手と背中を特にきれいに洗った。脱衣所を出るとすぐにその日、着ていたパーカー、Tシャツ、ジーンズを捨てた。
それで、その部屋の半分に陣取っているベッドにパンツ一丁で腰をおろした。
そして、僕はひどく頭を抱えた。
『今、近くの河川敷で向こうの川を眺めながら、文章を書いてます。あなたも知ってる場所かもしれません。去年、確か、ここでみんなとバーベキューをしたりしましたから。どこまで、書きましたか。そうでした。あの夜は店長とあやと僕の三人でまず、焼肉屋にいったんです。店長は嫌がりましたが、あやの押しには勝てませんでした。店長の行きつけのお店は後でいくということで合意しました。そこで他愛もない話をしたんです。店長の奥さんは今、福岡の実家に帰ってて、帰るといつもひとりで寂しいとか。あやの卒業後の就職先の会社まで。まじめな話も、つまらない話も。それでほどよくして、僕らは店を出ました。外は真っ暗で、時計を見なかったので何時かわかりませんが、11時くらいだったと思います。そこから、シャッターが閉まった商店街を抜けて、歩いて10分くらいの場所に次の飲み屋がありました。スナックみたいなところでした』
ぽつん、ぽつんと雨が降ってくる。
僕は胸にそのノートを抱え、遊歩道に停めてあったバイクを急いで走らせた。
「おう、どうした?」
目の前に僕の親父がいた。自動車工場で働いている、黒く汚れたブルーのつなぎを着て。
「ちょっと、近く通りかかっただけ」
「そうか」
汗がひたいから滴り落ちているこの人に僕は時々、会いに行く。安心を感じたいがために。
「ちゃんと飯食ってんのか?」
「うん」
「学校はどうだ?」
「まあまあ」
「そうか」
真ん前のガレージに旧車のマークⅡが見える。フロントライトがにぶく光っていた。
「……おれ、もういくね」
「ーなあ」
「ふん?」
「なにか、用があったんだろ、おれに」
「……いや」
「ーそうか、ならいいんだ」
「……」
「ー昨日、警察が来たんだ」
「……」
「ここに。」親父の指が下のアスファルトをさしている。
「―まあ関係ねぇから追い払ったけどよ」
「そう」
僕は僕の親父に背を向けて、ドラム缶の横に停めたバイクにまたがった。
「また、なんかあったらいつでも来いよ」
僕は僕の親父の声に手をふって、バイクを走らせた。
続く
前の記事に続きます。
一昨日、時間があったのでまじめに書きました。
コメントを頂けたら幸いです。
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*携帯からは御観覧できません。ごめんなさい。
