自分のことを全て知っているのは自分だと自惚れていたけれど

自分のことを理解しているといったって

もしかしたらそれは自分の良いように解釈していたり

自分可愛さで嫌な部分に蓋をしていることもあったんだと思うことがありました。

 

 

年齢を重ねると人から意見を言われることは減っていきます。

あえて苦言を言ってくれる人も少ない。

自分にとって耳の痛いことを言われたら

一瞬でも嫌な思いをする。

 

 

でも

そういうことがないと自分と向き合うというか

自分を見つめ直すという機会がなかった。

 

 

私に好意を持っていない人は

あえて苦言を言ってくれるわけはないなぁと。

 

 

ここ数か月

私の環境は大きく変わりました。

 

 

私を実際に知っている人は周知の事実ですが

私は二足の草鞋をはいています。

会社員としての私とコーチとしての私。

 

 

会社員をしつつコーチをしていることが

自分ではいいバランスをとっていると思っていても

反対にそれが自分の劣等感になったりした時もありました。

 

 

どちらにも決められない自分。

 

 

一つのことに悩むことなく進む人を目の前にすると

眩しくて目を開けられなくなったこともあります。

 

 

弱い自分はちゃんといる。

どんなにそれを隠そうとしても。

どんなに強くあろうと思っていても。

 

 

自分のかたち

未来のかたち

幸せのかたち

 

 

それは一つとして同じものはない。

 

 

 

自分は自分のかたちを作ればいいんだ。

 

 

そう思えるようになりました。

ここ数か月で。

 

 

コーチとしてそんなことをここでオープンにしてどうなんだろう?

そう思いましたが

でも きっと私と同じ思いをしている人はいるんじゃないかなと。

 

 

一つのことに邁進する人もいれば

バランスをとって前に進んでいる人もいる。

 

 

それが自分のかたちであり

その先に未来のかたちができて

そして

それが幸せのかたちにつながる。

 

 

そう思います。

 

 

 

何故そう思えるようになったのかは

次回また。