この話はあるお巫様から聞かされた私の過去世です。


西暦1002年。平安時代。

藤原様は本当に素晴らしいお方で誰にも好かれ慕われて、人の上に立つ殿方に相応しい方でした。

貴族であるにも関わらず貧しい人に食べ物を与え、職を与え、ある日は他国の貧しい助けるようなお方。今の日本にはいない素晴らしい人格をお持ちだったのです。

藤原様は金塊を発掘する事で一国を統一できるほどの財産を手にす。その財産は私利私欲の為に使わず、あらゆる人に食べ物を与え病を治し職を与え。金塊を発掘するには、ある子狗の存在ありき。

例のように城下に下り貧しき人に食べ物を与えいたある日の事。藤原様はは足が疲れてきて足の疲れを癒す為に川に行く。

そこで足を滑らせ川で溺れている1匹の子狗を助ける。その子狗こそが後に藤原様の人生を大きく変える存在なり。

藤原様に救われた子狗。何処に住みたいか?何をしたいか?わからぬのか藤原様の後をついて回る。藤原様は子狗を見捨てる事ができず自分の屋敷に済まらせることにする。それがきっかけとなりある事が起きる。

屋敷に住み着く子狗は行く所に全てについてくる。困って子狗の世話を託す。

ある日、藤原様が留守中に子狗が姿を消す。それを伝え聞き藤原様は子狗の姿を求めて奔走する。子狗を見つけた時、金塊の場所が明らかになる。


この藤原様というのが、私らしい。笑



情けは人の為ならず

この言葉は「情けは人のためだけではなく、いずれ巡って自分に思志が返ってくるのだから誰にでも親切にせよ」という意味ですが、昨今残念ながら、あまり正しい意味で使用されている方はおりません。


ただ藤原様はこれを地で行い人々または命あるものの為に尽くされてきたお方。


私とこの話をしてくれたお巫様は現生で巡り合い、この平安時代でも交流があったとか。


私を探し、そうして巡り合った。


私は毘沙門天様の神命を授かり者だと言う。

よくわからないうちに、七福神の行事に参加しております。

お金がないので、直ぐに駆けつけずお巫様の視力を毘沙門天様が奪って、急遽、無料鑑定にて会議室の扉を開ける儀式がありました。

お金がなくてごめんなさい。

どこか無料で使えるところがあれば、手伝えたのに。お金がないばかりに視力を奪われてしまって。

毘沙門天様の怒りだそうです。

私の代わりに鍵を作ったそうです。

失明すると大変なので、私にお金が入るまで、無料鑑定でお願いしますね。


毘沙門天様とお話をしてみたいです。

多少の霊感では見えず聞こえずかな?

昔は霊感がとても強かったけれど、最近は閉じてるのかあまり感じません。


でも義母の魂は見えたんだけど?