ここ数年、ずっと自分の中に

「学びたい!」「賢くなりたい!」っていう、

妙に熱い欲求がありまして……(笑)

 

日本って、大人になると

「もう勉強なんてしなくていい」

って思ってる人が多い。

 

 実際、私が「勉強したいねん」なんて言うと、

「今更やってどうするの?」とか

「何のために?」って返されることがほとんど。

 

でも、それって子供の頃から

「勉強=何かのゴールのための手段」

っていう刷り込みが強すぎるせいじゃないかな、

とも思うんです。

 

小学校受験から始まって、中・高・大……。

 常に「合格」とか「資格」っていう出口が

セットになっていて、そこを通過したら

「あー、終わった!」って教科書を閉じてしまう。

”合格”が”ゴール”になることが多い。

 

先日、知り合いの子ども(小学生)と

話した時、、、ちょっと衝撃を受けました。

 

 「なんでそんなに受験勉強頑張ってるの?」

って聞いたら、その子がキラキラした目で、

「だって、中学受験頑張ったら、そのあと、

ずーっと勉強しなくて済むよってパパが言ったもん!」

って。

 

・・・。

思ってなかった答えに、言葉が出ず、、

「そっか・・!」しか出てこなかった。

 

 子どもは親の言うことを真っ直ぐに信じる。

 勉強を「終わらせるべき苦行」として

教えてしまっていることに、なんだか切なくなった。

 

話がそれちゃったけど、

大人になった今だからこそ

「目的がなくても勉強すること」に、

本当の意味があるんじゃないか?

と思うようになったんです。

 

誰に強制されるわけでもなく、

ただ自分の「学びたい!」を

満たすためだけに時間を使う。

これって、最高に贅沢な大人の特権じゃないかな。

 

というわけで、、、

子供がかつてお世話になった

公文の教室に、今度は私が「生徒」として

通わせてもらうことに。 

 

50歳を目前にした、私の学び直し。

……先生、ちょっと驚いてたみたいだけど笑

快く受け入れてくれました。

(つづく)