そもそも日本書紀は ‶何の為に" ‶誰が" 作らせたのか? という話は後回しにするとして・・
‶神話"と‶史実"と
日本書紀の最初の方では‶神が天上界から泥を垂らして日本列島を作った"とあり、これは明らかに神話。 終盤にかかると‶史実"が記述されてるようで‶神話"と‶史実"の境界点は曖昧。 出雲大社に祀られている大国主命(おおくにぬしのみこと)が登場する‶国譲り神話"という話がある。 複数の国が‶平和裏に"統治権を大和王権に譲った事で、大和王権による日本統一が達成された事になっている。 実際は武力による征服の方が多かったと思うよ。
‶神話"という題名が付けられているので大国主命は神話上の架空の存在と考えられてきたが、実在の人物と考える人も出てきた。 まず大国主命が治めてていた地域は何処か? この問いは古墳から類推できる。 古墳というと前方後円墳を思い浮かべる人が多いと思うが、四隅突出墳墓という形式も複数発見されている。 それが何処に分布しているかというと、日本海側、西は山口県から反対側は石川県金沢市近辺まで。 おそらく首都は、現在の島根県出雲地方。 この範囲が大国主命の直轄領もしくは同盟国の範囲ではなかったか?と推察される。 コレ、相当広い範囲で、大和王権の最後にして最大のライバルだったんじゃあなかろうか。 四隅突出墳墓は全て3世紀以前に建設されたようだ。 一方、大和王権のの様式である前方後円墳は太平洋側では2世紀ごろに建設されたものも発掘されているが、日本海側の四隅突出墳墓が分布している範囲では、殆どが4世紀以降に建設されたようだ。
つ ま り
3世紀から4世紀に代わるタイミングで大国主命が治めていた地域を大和王権が(おそらく武力で)制圧し、古墳の形式も切り替わったと考えられる。
日本書紀によれば、大和王権の使者が大国主命に「下々の人々が住む下界は大和王権が治めるから、大国主命は神々の住む天上界を治めるというのはどうか」と提案すると「それは良い考えだ」と大国主命は答え、喜んで天上界に昇って行った。・・とあるけれど・・ 実際は戦による武力制圧であり、大国主命が実在の人物だとしたら・・・・・・・・・
殺しちゃったんだろうね。
勝手な思い込みでは、出雲大社は、大和王権による大国主命が治めていた国の民を納得させる為の、‶戦後処理事業"。
もしかすると、ヤマタノオロチ伝説も、敵国の8人の有力武将を宴席に呼び込み、酔っぱらったところで一気に討ち取った、なんて‶史実"を神話形式にアレンジした物かも・・なんて、勝手に妄想している。
日本書紀のはなし、もうすこし続きます。
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