なんか
すっきりした生活を送るために
日頃はよく笑い
週末泣ける映画を見る、
するとセロトニンが分泌されて
精神があんていする。
と、なんとかっていうhowto本にかいてあった。
よく笑い、
これは簡単やなあー。
でも週末に、
ってやつは難しいなーと思っていたのです。
なんせバイトがほとんど週末で、しかも泣き出したら
次の日腫れるからなあと思って。
そう思ってた矢先
今日なんか異常に悪いこと続きで
携帯つぶれたりとか、バイト先閉まってるとか、爪割れたとか
しかも久しぶりに親に怒られて
昼間ゆみに言っていた
「急にさびしくなる」っていう現象がおきた。
挙句、涙腺肥大化して
とりあえず散々泣いてやった
今、すごく安らかな心境に向かいつつあるなあと
実感しています。
セロトニンすごいなあ。
やっぱり人間は感情が不安定だったりしたら
体調悪い時と同じで
何かしら体内で緩和しようとするんだなあと思った
そう考えると病気、事故、老衰以外で、
たとえば自分で自分を消してしまうだとかは
生き物の摂理に反していて
ある意味で生物を超えているのだと思う
今更ながら福原先生に聞いた言葉が思い出された
先日
「メディアなどで自殺者を擁護するような
発言がなくならないから、自殺が増える一方である。社会的に厳しい意見を言えば自殺も減る」
という極論を聞いた
なるほど言いたいことはわかるけど
そういう結果になってしまうまで自分を追い込んだ当事者には
同情に似た気持ちを持ってしまわなくもない
だからそんな簡単に こうすればいいなんて
答えを出してほしくないし
出ないものだと思う
私は小さいころから
自殺すると無限地獄に落ちるとか
親より先に死んだら親不孝者だとか聞かされたから
全くそういうことをしようと思ったことはないし
これからもしないと思う。
それから延命治療もできればしたくない
そこまでで終わるはずだった人生を
のばしたら天罰が下りそうだと思う
自分ではこう言ってるけど
他人事となると
やっぱり生きていてほしいと思う。
天罰下っても生きていてほしいと思う。
すごい矛盾だけど
失うのが怖い
っていう観点からしたら矛盾してないなあと思った。
失う、は自分が生きている前提で使っている言葉。
なんで失うのが怖いんだろうー
私がアンラッキーデーやったって話から
飛躍に飛躍した結果
支離滅裂なブログになったけど
セロトニンのせいってことで
今日はごめんなさいしておきます