「ブリジットさん、ブリジットさん!」
「はい、なんでしょう?ミス・キャサリン。」
「なんでしょう、ではありません。貴女が長秋様の起床時間とスケジュールを私とマーガレットに間違って伝えるから…。」
「はぁい、朝食を食べ終える時間がないのは存じ上げております。だから残りは車中で美味しく頂くと、長秋様は仰ってますので♪はい、早くこれに折り詰めを。マーガレット!貴女も手伝った。」
「はい、畏まりました。」
「グレースさん、開門をお願いします!」
「…心得た。」
一ヶ月前とは確かに違う光景。
ブリジットの心は余裕が、顔に笑顔が、頭にはアイデア溢れていた。
料理担当のキャサリンの陰湿な言葉や行動も、奇抜な提案で切り返した。
胸の痛みを一瞬は感じても、「何故、自分は悲しむのか?」を、一呼吸置いて思考を巡らせれば、時間はかかってもそれなりの答えは出せた。
そんなブリジットの変化に主の長秋も敏感に気付き…。
「…随分と上手くあしらう様になったね…。柿本のあのオペ以来かな?」
と、愛車のポルシェを運転しながら問いかけた。
「はい、勿論、私に非がある場合もあります。その場合は『悔しい』涙が出るんだなぁ、と思い、私なりに解決策を模索します。
でも、キャサリンが根拠なき言いがかりを言ってきた時は…。」
「言ってきた時は?」
信号待ちの度に折り詰めの朝ご飯を手渡しで食べさせるブリジット。
本来は執事である自分が自動運転の誘導をしなければならないのに、出勤時はただ助手席に座ってるだけである。
運転が趣味だからと、主の意向に添うのは当然だが車中ですることが無いのは、執事としても秘書としても心苦しかった。
だが今は違う。運転の邪魔にならない様に、横から朝ご飯食べさせるという役目がある。
本当は直接、主の口に運びたいと思うブリジットだが、それでは恋人ロボットになってしまうと自戒し、知能回路がオーバーヒートしそうになるのを抑えるのに必死だった。
「彼女の言いがかりには『悲しみの涙』が溢れます。私が悲しいじゃないんです。キャサリンのことを『可哀想だなぁ、そのように行動するしか選択肢がないんだなぁって…。」
「可哀想…か…。確かに、キャサリンに限らず、マーガレットもグレースも『可哀想』かもな。真の主を失ったアンドロイドは、誰かにスイッチを切って欲しいのかもな…。」
「真の主?長秋様、そんな悲しい顔をしないでくださいませ。」続