…まだなのか?ロイ。
早く私の手を握ってくれ。
ハイネ殿下からの求婚に負けないくらいのお前の意志を示してくれ。
私は絶対に払いのけない。
この劇を観賞中にロイが私の手を握ってくれたなら、私はお前に委ねるぞ。
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「我が手にこの槌がある限り、空は恵みの雨を降らせ続けるであろう。
そして大地は永遠に実り続けるであろう。」
「いいぞー!カイザー大臣!」
「ロキ役の女の子も可愛かったぞー!」
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深々と頭を下げ、舞台袖に引き上げる役者達。
寒空に設置された舞台に幕が降りるわけもなく、
……。
……。
ロイの馬鹿ー!終わったじゃないかー!
…もう知らない…。
やっぱりロイは、ハイネ殿下と私が結ばれる事を望んでるんだ…。
舞台が手際よく解体され始めるのを見て、立ち上がろうとする私に対して、隣のロイが急に私に手を伸ばしてきた!
手を握るどころか、いきなり私の肩を抱き寄せてきたロイ。
待て待てロイ!舞台はもう終わったし、敬虔なる未婚のヤハウェ教信者同士が何て背徳的な…。
「リディア、耳を貸せ。」
「耳…?駄目、そこは弱いから…。」
「皆が舞台の片付けに気が散ってる今しかない。
何処で丞相の手下が聞いてるかわからないからな。
観客は演者が見えるように、演者からも観客が見えるからな。」
そうか、肚が読めぬカイザー丞相のことだ。
奴なら舞台で演技しながら、観賞してる私の行動を逐一観察してるかもしれん。
人が疎らに動き出したこの機会を狙ってたのだな…。
だが、男に肩を抱き寄せられた時の作法は聞いてないぞ。
この場合どうしたら良いのだ?
女の方からも抱き締め返してよいのか?
恥ずかしい…。
「リディア、カイザー丞相がハイネ殿下に面会を急ぐのは、恐らく殿下の求婚騒動の情報を既に掴んでるからに違いない!」
そうか、『耳を貸せ』とは密談のことか…。
当たり前か…。
「ロイ、だがリーセ王国にはジオン兄さんが説明に向かわれたと…。」
「恐らく行き違いになったのだろう。
ジオン兄さんはミネルバ王女への説明が終われば直ぐに引き返すはず。
兄さんが帰国するまで、丞相から何を聞かれてものらりくらり受け流す様に殿下に忠告するつもりだ。」
「厳しい追求をされそうだな。大丈夫か?」
「安心しろ。こっちにも強みがある。」
「強み?」
「あぁ、カイザー丞相は、ハイネ殿下が求婚した相手がリディア、お前だとは知らない」続