私は史香の「闇」に全く気付かなかった。
一緒に四谷署で仕事をしていても、「頼りになる後輩」としか考えてなかった。
思えば天界のどの辺りの出身とか、人間界に来る前は何課でどんな業務をしていたか尋ねたこともなかった。
史香は最初から能代警視によって送り込まれたわけじゃなく、私と仲の良い雰囲気に目を付け、手を組むことにしたのだ。
どうりで都合良く近藤くんが拘束されたり、渋谷にパワーズの私服警官がタイミング良く現れたりするわけだ…。
私は切られたお腹の傷よりも、裏切られた傷が…いいえ、史香をここまでさせてしまったことに心が痛かった。
「私を人質にして『ミカエルの剣』を手に入れたとして、その後どうするの?
それこそパワーズ(能天使)やドミニオン(主天使)に追われ続けるわよ?」
私は話を引き延ばすしかなかった。
「サイレントセレナーデ」は一度見られたら二度は使えない。
声は聞こえなくても、私の仕種を読み取り、「カウンターメロディ」で相殺するのは一般天使でも可能だ。
「勿論、追われるのは百も承知さ。
だから『ミカエルの剣』だけでなく逃走用の神馬シュレイプニルも用意してもらうさ…。
ほとぼりが冷めるまで魔界か妖精界に隠居するのもいいわね。
それにミカエルの剣さえあればアタシは何も怖くない。
聞いているだろう?ミカエル、ガブリエル!
早く用意しないと貴方達の大切なウリエルの命はないぞ!」
「貴様、いい加減に…。」
星明が残った魔力で召喚の準備をするが…。
「止めときな、人間の魔術師くん。
君は海竜リバイアサンを召喚して、もう戦える身体じゃないだろう?
惜しかったね、『嫉妬の魔王』なら簡単にアタシを殺れたのにね♪
リバイアサンが契約以上の仕事をしないのは知ってるわ…。」
と、調子に乗る史香は、自分の背後にある、柔道場の扉が開いたのに気付いてなかった。
史香に首を絞められ、刃を向けられ、私もその姿を見ることは出来なかったが、それが誰か、私は確信していた。
三人の悪魔に視線で合図を送り、背後の助っ人とタイミングを合わせる。
渋谷のカフェで取ってきたスティックシュガーの口を爪で切り、ポケットの外からサラサラと下に垂らす。真利ちゃんと星明が話を逸らしてくれてる間に…。
(今よ!!)
シュガーが途切れたたと同時に心で叫ぶ。
「タックルは膝から下ー!!」
近藤くんの値千金の体当たりだ!
私は直前で身を屈め脱出した。