「おはよう」という言葉が交わされている限り、内情はどうであれ、「私は平静を保っています。」の意思表示だ。
朝食の席に麗香姉さんと嵐が居合わせても、もう何も起こらなかった。
月之介が鶏子ちゃんの卵を取り上げ、雪之介がオムレツを作る。
今日初めて食べたお母さんは歓喜の声を上げて嵐に感謝する。
相野家の食卓に花が咲く。
お母さんもパパもこんな雰囲気を期待して嵐をウチに迎えたんだと思う。
でも…私だけが知ってしまった嵐の闇…。
両親は、鶏にダイヤモンドの卵を生ませるというトンデも研究の末に嵐を普通の少年として扱わなかった。
本来なら両親が亡くなり、ウチに引き取られた時点で心理的にも、経済的にも解放されたはずなのに、嵐は科学者の玉子として、頭の中は研究のことしかなかった。
それを嵐自身が否定してしまえば、自分を証明する一切を見失うくらいアンバランスな一生懸命さだった。
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「んじゃ、行ってきます。
多分、僕が一番先に帰ると思います。
部活はしないつもりなんで。」
あれから4日が過ぎた。
遂に嵐の登校初日。
舞と麗香お姉さんの事を誰も噂しなくなった頃、嵐はやって来る。
「そーいや、るんが軽音部ってのは知っとるけど、凛子姉ちゃんは部活何やってんねや?
空手部か?」
生徒会長の麗香お姉さんは、雪之介を伴って私達より早く登校した。
私も朝練の予定が無いから、月之介と凛子お姉ちゃん、そして嵐の四人で登校する。
「アヤ~、私が運動部入れば他の部に対して不公平ね。
バスケもソフトボールも、陸上も全部助っ人のみにしてるね♪」
「それでも大会前は凛子お嬢様はあちこちから引っ張りだこなんだよ~。」
月之介が楽しそうに答える。
月之介の凛子お姉ちゃんに対する想いは、雪之介の麗香お姉さんに対するそれよりも屈折はしていない。
お互いにシンプルでストレートな想いがぶつかり合う二人の姿は私の理想でもある。
「私は学園では手芸部ね♪
私に似合う功夫(カンフー)の衣装を自分で作ってるね♪」
「僕は勿論、園芸部だよ~。相野家のお庭番として趣味と実益を兼ねて。
雪之介は料理研究部だよ。まぁ、雪之介も生徒会で忙しいけどね。」
「なんや、みんな文化部かいな。
ほしたら、麗香姉ちゃんは?」
「麗香は生徒会長だから部活には殆ど顔出さないけど、所属は写真部ね♪」
「るん、麗香姉ちゃんの写真部って…?」
「うん、多分、嵐の想像通り…。」