まずは私に対する悪評が何故、詩人メレトス達が告訴するまでに至ったかを問うことにしよう。
私のどこに誹謗される点があるか?
まずは慣例通り訴状を読み上げねばならない。
訴状
「ソクラテスは不正を行い、無益なことに従事する。
彼は空と大地を研究し、※悪事をまげて善事とする。
尚且つ他人にもこれらを教授するが故に。」
彼らのいうところはこれである。
実際にアテネ市民の諸君もアリストファネスの喜劇「雲」において見聞きしてるに違いない。
そこではソクラテスなる男が舞台狭しと、「空中を飛行出来る」と宣言したり、理解出来ない事柄を、理解出来ない言葉で説明するというものである。
もとより私はこのような自然科学に通じてる者や、舞台を成功させる為に一生懸命な演者や作家を軽蔑するためではない。
私はただ詩人メレトスからの重い罪状が心外なだけである。何故ならば喜劇「雲」は私が一切関知しないことであるからだ。
このことに対して、私は私の証人として陪審員席のあなた方を挙げる。
演劇ではなく、私自身が本当にその様な言動、行動をしたか、あなた方自身に問うがよい。
しからば衆人の私に対する噂も同じであることがわかるであろう。
明らかにこれは事実無根である。
また、私が誰かを教育して謝礼を要求するというのも真実ではない。
最も私は教育による謝礼の要求を否定しない。
ゴルギアス、プロディコス、ヒッピヤス等は、多額の報酬を払ってでも感謝に値する教育の技量を持っている者達だ。
私は誰よりも多額の教育費を払ったカヤリスという男に出会った。
「カヤリス君、君の二人の息子に人間として、市民として相応しい徳を授ける監督者に適任な者は居たのかね?」
「あぁ、適任者は居たさ、ソクラテス君。
エゥエノスというパロス人なのだよ!」
私はこのエゥエノスを幸福だと思った。
青年を導き、感謝され、報酬を手にするのである。
私にその能力があるならば、私は自分自身を誇るであろう。
しかし、私にはその様な能力は無いのである。
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はい、最後の一説に私が解説を加えるならば、
「カヤリス君が息子二人の教育者に私を指名しなかったのが何よりの証明だ」
ってことです。
※「悪事をまげて善事となす」は、悪いことをしながら、これは善いことだ。と、主張するってことです。
しかし、「薄弱なる議論や理由を強力なる議論や理由とする」って翻訳もあるそうです。
今作は岩波書店の準拠