ターレスは「万物の根源は水である」
と唱えました。
しかし、「水の対極にある火は水から生まれない」と反論されました。
また、「火」は「魂」と同一に捉えられる側面もあり、魂の有無に議論が脱線していき、結論が出なくなります。
そこでデモクリトスの登場です。
1. 私は爪も髪の毛も食べたことがない。
2. しかし、私の爪も髪の毛も、私が食べた物から生成されている。
3. ならば食べた物は分解され、限界まで細かく分解された塊となる。
4. そこで初めて爪や髪の毛を分解した物と、共通の形となり再生成されてるのではないか?
5. その限界まで分解した塊をアトム(原子)と名付けよう。
6. 万物は原子において共通の根源となる
これがデモクリトスの原子論の核です。
いやあ、顕微鏡も無い2500年近く前に凄いです。
今日の医学、科学も原子無くして語れません。
そして金属の原子を視認出来たのは電子顕微鏡が発明されてからやっとです!
だからご飯を食べる時の「頂きます」は「命を頂く」と言う意味であり、調理してくれた人では無く、食べ物に向かって言うべきなんですよね。
永遠に移り変わる原子の組み換えが時間そのもの。
「原子の運動から時間は生まれた」bySPA-k
あ~なんか今までとおんなじテイストになってしまいましたね。
次回は「優しさ」をテーマに不毛な(結論の無い)論理を数回に渡って哲学していきたいです。
追記 水を電気分解すると水素と酸素に。
物質の燃焼には酸素が手助けします。
火も水も酸素と言う共通の原子に由来しますので、ターレスは間違ってない…かな?。