デザインと社会学について考えてみたい。いわゆる、デザイン社会学やデザイン人類学というものがある。人類学は社会学と”双子の学問”と言われていることもあり、デザイン社会学を研究する行為においては重要な存在でもある。Central Saint Martin(通称:セントマ)でもこの領域が研究されているし、元々はアートから作られてきた概念であるがために、こうしたアートスクールにおいてもデザイン領域を社会学視点から研究している。もちろん、デザイン人類学も、である。僕の勉強していたLondon School of Economics (通称:LSE)でも盛んに研究されており、著名な教授も少なくない。Don Slaterなどは良い例かもしれない。また、Havard Business School(通称:HBS)でもビジネス領域のデザイン思考の研究が進んでいる。
このデザイン社会学というのは、文化社会学(Cultural Sociology)と呼ばれる領域の一つであり、実は社会学系の強い大学では研究しているところもある。ヨーロッパやアメリカにおいては日本と異なり、社会学は一定の地位を持っている。そのことから、社会学と一口に言っても、様々な種類があることになるため、社会学=〇〇というものは一定数存在するものの、意外と社会学者同士で領域が被らないことになることも少なくない。例えば、政治経済金融にも社会学は存在するし、テクノロジーやメディアにおいても社会学は存在する。都市計画もあれば、芸術にもあるというわけだ。哲学領域の論理的思考においても、社会学とかぶる点があることから、簡単に言えないのが社会学の難しいところだ。
さて、閑話休題。デザイン社会学において最近ホットな話題になっているのは、「デザイン思考」である。これはデザイナーの思考法を単純に別の領域にも活かしましょう、というか、別の領域に活かせるのではないか、という仮説の下、形成されてきた概念である。日本におけるデザイン思考はまだまだ全然確立していない。人によって定義が異なっている上、日本においては本物のこの領域の社会学者というものはいないため、正直なところこの国の行く末が不安だ。だから、学部卒程度の人間が自分の定義で自分の思うようになっていると言うのが今の現状だろう。もちろん、学部卒でもその領域において専門性を高めていれば別の話だが、日本にIDEOのようなデザイン・コンサルティングのようなものもないため、はっきり言って、これが形成されるような土壌はほとんど確立されていないと言うのが本当のところだろう。博報堂のkyuがIDEOに出資し、今後デザイン思考に関する専門性を高めていく可能性があると考えられるため、こうしたプロフェッショナルな領域においてナレッジが蓄積されていくことを期待したい。
デザイン思考は日本の言及を見ると、ビジネス要素があまりにも強いが、実はそれ以外にも使用されている。その最たる例としては政治である。政治学の領域においては、こうした研究のほかにもSocial Design Agencyがロンドンで設立され、政策提言においてのデザイン思考の重要性を検証するプロセスを行っている。Think Publicと呼ばれるところだが、政治以外にも第三セクターやコミュニティ関連にもこうした思考法を持ち込んだりしている。これだけでも、日本との乖離を感じるはずである。また、IDEOはカリフォルニア出身のデザインファームであり、そこから生まれた概念がセントマ出身のTim Brown CEOによって経営されている状況であるという相乗効果が生まれた状態であるように思う。そして、こうした概念がTimによって、ハーバード・ビジネス・レビュー(通称:HBR)に掲載され、TEDで共有され、HBSで研究されているという好循環が生まれており、産学連携を呼びかけなくとも自然とそうしたサイクルが出来上がっている。政治経済社会に今後大きな影響をもたらすと考えられるこの思考法が既に研究されており、先進的な方向へと進行していく中、日本のデザイン社会学は取り残されたままである。これでいいのだろうか、そんな風に考えることも少なくない。