”自分らしさ”という新しいフレームを創ろう
読者の方から、こんな声がありました。
「自分らしくありたいと思うのですが・・・
自分のことなのに、膜がかかったように
わからなくなる感じがあるんです」実はこうした声は、これまでも何度か届いています。
自分らしさを大切に思うからこそ、
自分にとって”これだ”という何かに出会うことを、
多くの人々は夢見ているわけです。しかしそうでありながら、
何が自分の望みかもわからないし、
どのようにすれば”これだ”というものを
見つけられるのか、それすらもわからなくなる時があると思います。
私はこう考えています。
そろそろ新しいフレームで生きていいんじゃないかと。脱「お約束フレーム」
解き放て
人は嫌われることがないように、
居場所を失わないように、
ある枠組みの範囲で心地よい生活を求めているわけです。この何らかの枠組み、
つまり「お約束フレーム」にそって世界を理解し、
お互いに繋がっているのです。だけれども、この「お約束フレーム」は、
社会で最低限、孤立せずに済むためのフレームなんですよね。和を乱すことなく、普通で居るには、どう振る舞えば良いのか
それを示唆しているにすぎないわけです。さかのぼれば、親や学校から教えこまれたものです。
親もそのまた親から教えこまれています。このお約束フレームでわかることは、
自分が何を期待されていて、どう振る舞えば好ましく思われるのか、
という一般論です。
そして何をしてはいけないのか、
どう振る舞うと悪い感情をもたれてしまうかという
禁止事項です。こういう「お約束フレーム」「規範フレーム」にだけ従って生きていると、
これといって大きな危機にも出会わないでしょう。我慢できないほどの不自由もないかもしれません。
だけど、何をすれば心からの幸せを感じることができるのか、
なんてことは、「お約束フレーム」「規範フレーム」は教えてくれません。あるとすれば、
人は何について幸せを感じるのが”正しい”のか、という雛形にすぎません。成績が良ければ幸せ、結婚すれば幸せ、子供を産めば幸せ、
仕事がうまく行けば幸せ、などなど。。。このテンプレートだけでは、
「私の人生はこれで良いのだ」という心からの納得感には
出会えるわけがありません。
ある年齢をすぎてから、自分の人生に漠然とした焦りや疑問を
感じ始めることになります。「あれ?なんだか心がざわざわする。。。」
「なぜだろう、どうすればいいのだろう?」「たぶん、私は何かをやりたいんだ、
でも、やりたいことをやるにも、
何がやりたいのかそれも解らない・・・」それはそうでしょう。
いままで何かしら
テンプレート的な幸せを指針にしてきたのですから。
自分らしく、好きなことをやってみようと思っても
いきなり、方向性が解るわけはありません。「いいえ、くにさきさん、
私はそんなテンプレートな生き方をしていません!」だとすれば、あなたの周囲にいる、
これからの人生をより楽しく生きることを
望んでいるひとに、
この続きの話を知らせてくださいませんか?新しいフレームへの脱出!
そして歩き出す
私たちが
納得感のある人生を得るには何が必要なのでしょうか?それには「自分らしい生き方を選ぶ練習」が必要です。

