文字数の多いツイッター的なブログ

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超自己満足のブログです。
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世界的に戸締まりのアニメ映画がヒットしてるみたいですが、個人的には君の名は。以降は劣化を続けている気がしてます。天気の子は好みの問題だとは思ってますが、戸締まりは明らかに劣化してると思ってます。

ちなみに、秒速も言の葉も好きだし新海誠展に行くくらいにはファンです。


戸締まりに感じた違和感。

日常が描かれる前に日常が壊れる割に現実世界とリンクさせるから違和感が凄い。

君の名は。も天気の子も日常が描かれてからその日常が壊れて辛くて争う。だから没入感が増す。

戸締まりは開始早々に日常が壊れるからその世界に馴染む前に話が進むから乖離を凄い感じる。

日常の描写をリアルに描くか、違う世界の話にしてそもそもの世界に根差した異常に争う話の方が没入出来たと思う。


会話のテンポの悪さ。

なんと言うか、リズムが悪い。常時つんのめっているように感じる。忙しない。

危機感を煽るパートやスピード感を出したいパートは分かるけど、通常の会話ですらやや早口。

受け手に感じる余地を与える前にも押し付けられてる感じ。

某エヴァンゲリオン並の時間にして会話をゆっくりにするかTVシリーズとして日常パートの追加を含めて受け手に考えたり感じる余地のある作品にしたらもっと面白くなったと思う。


ここで問題となるのは、次回作への影響。

新海監督はファンから不評を受けた経験があって、それを糧に言の葉の庭を作り上げた。

新海監督はファンの声から分析をして伝えたいメッセージをより多くの人に見てもらえる様に考えて動ける人。

ファンの声が盲目的に称賛するだけの声になってしまうと悪い軌道から修正出来ないままになってしまうと思う。


世界がどう思ってるか分からないけど、新海監督の良い所は映像美や現実世界のリアルな描写だけじゃなく、スッキリ出来ない心の感じとか、言葉にするのは難しいけどなんか分かるって感じとかだと思ってて、それは空気感とか雰囲気とかリズム感が良かったと思ってる。

戸締まりでは劣化したなと感じた。


売れた監督を生かすも殺すもファンの評価なんだと思う。

次回作以降もブランド化されてしまった新海作品は盲目的にヒットするんじゃないかと思う。

ただ、内容は緩やかに劣化して、徐々に売り上げが下がって…なんて気がしてしまう。

ファンの色んな意見が必要だと思うけど悪い評価をする事が叩かれてたり、悪い評価ならわざわざ言葉にしなくて良いって感じは偏った評価を助長してしまうと思う。


ファンよ。それで良いのかい?

コロナ禍以前にからオリンピックは嫌でした。

理由はスポーツに興味無いのにフェスの開催の邪魔をしたからってとても個人的な理由で、逆の立場からしたら音楽イベントなんかよりオリンピックって声もあるとは思ってます。

個人的に嫌ではあるけど、選手や関係者は大会が有れば出場するのが当然なので満足行くように頑張っては欲しいです。

選手は良いんです。選手は。
問題は開催の運営に関わっている方々です。
なんでも、無観客になる事を分かっていながら有観客に対応するボランティア用の弁当の数量から変更していなくて大量の食品ロスを出したとか。
世界には食べたくても食べられない人が…とか言う気は無くて。
あんたらが言い出したSDGsはどうなってんだよって話し。
ゴミを減らすとか食品ロスを減らすとか言うだけなんだよね。
食品ロスとなるべく弁当を作る事に携ることになってしまった人達があまりに可愛そうだし、馬鹿にしてるとしか思えないです。

SDGs絡みで言うと、オリンピックにも関係するけどジェンダーの話もそう。
森喜朗氏の女性蔑視発言も全文読めば女性蔑視ではなく、むしろ女性の立場を憂慮しようとしてるもので、そういう流れになるのが嫌な奴らが未だに女性蔑視があるって話題にすり替えて女性の評価が上がるのをズルズルと先延ばしにしてるだけな気もしてます。
女性蔑視だと言われて、代わりになるのが全て女性ってのも安直だし、裏で男性も色々言ってはいるだろうけど、女性だけってのもどうなのよって話しです。
実力はあるのだろうけど、女性って事でいささかアドバンテージをつけられているような感覚も受けてしまう。
こんな考え方がいけないって言われりゃそうなんですけどね。

今回のオリンピックが世界に発してるのは、過去の過ちからは学ぶ事を認めず、食品ロスなんか出させて置けば良く、女性をとりあえず立てておきますって事?
僕は小林賢太郎が大好きで尊敬しています。

オリンピック開会式閉会式のプロデューサーに就任した小林賢太郎氏が20年以上前のコントのセリフにより解任されました。
このセリフなのですが、切り取られた箇所を見るとホロコーストを揶揄してるように受け取られてしまうが、実際にはホロコーストを揶揄しようとするヤバいヤツを揶揄しているネタです。
“いやいや、そもそもホロコーストに触れるネタにするなよ”なんて思う人もたくさんいるだろうけど、個人的には“ホロコーストは揶揄して良い事じゃないんだぞ”って言われた気がしました。“ユダヤ人大量惨殺ごっこをしようとしたら怒られた”なんです。やっちゃダメな事ってコント内で伝えているんです。

賢太郎さん自身、コメントを出していて反省しているとの事。
発覚、通報、解任までがあまりに短く釈明の時間すらもらえなかった事でしょう。
ただ、20年以上前のコントのセリフで評価を決め、現在の賢太郎さんの活動については知らぬ存ぜぬの対応が心底許せないです。
たしかに、20年以上前に使うのがはばかられる言葉を使ってしまい記録にも残ってしまっています。
ですが、20年以上あれば人は変わりますよね。賢太郎さんについて言えば今回のコメント以前に誰も傷つかない笑いがしたいと言っており既に反省がうかがえていました。さらには、自らの映像作品をYouTubeに収益は寄付という形で投稿しています。
日本は20年経っても人は変わらず現在の行いなど評価しない国だと世界に発信した事になると思っています。

さて、解任後でも開会式の内容変更は無いと発表がありました。なんでも、賢太郎さん一人で全部やった訳では無いからみたいな感じでした。
いざ蓋を開ければ賢太郎さんが言葉の壁を越える為に作った漫画の表現技法を使ったネタを彷彿とさせるプラカード。演劇公演で観た大工をモチーフにしたリズミカルな演目。小林賢太郎テレビで頭を悩ませて作っていたカメラワークを利用した天地の逆転や手だけのマイムや大きな舞台装置に頼らないマイムでの表現。
どこを見ても賢太郎さんの仕事になっていて、解任だけして内容はそのまま。馬鹿にしてるのかと怒りが湧いて仕方ない。解任したのなら内容を変えるべきだし、内容をそのまま使うならこの仕事の功績を認めて使わせてもらうの一言があっても良いと思う。

コロナ禍で開催するのかも観客を入れるか入れないかもなかなか決まらない中で臨機応変に対応したであろう賢太郎さんの功績は認められるべきだと思う。

何より辛いのが賢太郎さんの仲間達が賢太郎さんのプロデュースを賢太郎さんの居ない開会式で演目を演じ、賢太郎さんに感謝も労いも名前を堂々と出して出来ない状態にある事。

開会式を救った英雄の一人のはずなのに。
魔王を倒した勇者が権力者に殺されるなんて漫画のネタだけだと思ってました。