Bonjour.
少し暴言、戯言を吐く。しかし、日本国憲法第21条で、表現の自由は保障されている。法治国家の日本の最高法規で保障されているのだから問題ない。そう解釈して筆を進める。
フランス語を学ぶ日本人で気に食わない人種がいる。それは仏語学習者の数%に満たないだろうが、彼等に言いたい。
大学に入学し第二外国語をフランス語にした君たちは、簡単なフランス語を学んだ時期だ。春学期の終わりだからね。
君達はフランス語を学んだ自分達を「かっこいい」「優秀で洒落ている」と、感じているだろう。
Eh?否定する?そうだろうねえ。日本人は皆、人前ではお淑やかで、純朴を演じている。
愚かさを愛すことの出来ていない愚かな輩が多いのだ。フランス人だって、フランス語に誇りを持っている。まあ、その誇り、ナショナリズムが強すぎて、世界中から嫌われているのだけど。だから、我々日本人が少しフランス語を学べば誇らしく思うのは当然だろう。フランス人は「OK」を普通に使うが、半端に仏語を学んだ我々日本人とブルターニュ地方にでも住んでいる頑固なフランス人は「ダコール」を使うだろう。我々は高尚で由緒ある表現を使っている気にもなってるのだろう。
そもそも、大学のフランス語の程度は知れている。難解大でも同じだ。1つの国の言語、即ち文化を半年程度で学ぶなんて無理だからだ。1つの人生を掛けて学ぶべき学問だ。それは他の学問にも言えるだろうが、殆どの人間は狂気の世界で闘い続ける覚悟は持っていない。
だからこそ、ソクラテスの不知の知に学ぶべきだ。知らない事を知り、その愚かさを愛せ。
フランス語を少し知っているからと言って威張り散らす方がまだ良い。それをせずに、謙遜文化で育っている日本人のフリをしながら、何処かでは「俺はフランス語を学んでいる高尚な人間だ」と考えている愚民は憐れだ。
何故、私がこんなに偉そうに上から物を言うかというと、私が今回言及している、「愚民」と言うのが「私自身」だからである。
私はツール・ド・フランスが好きだ。フランスが好きだ。だからフランス語を学んでいる。2日に1本はフランス映画を見る。でも話せるフランス語は簡単な会話程度で、実際にフランス人と対峙させられれば、財布を落としたばかりの人間のように黙り込むだろう。
でも、それは知っていても、何処かでは「私はフランス語を少しは喋れて知っている。高尚で、教養のある人間だ」とマインドセットしているのだ。ああなんて愚かで憐れだろう。こんな人間が居なくなることは無い。でも、「自分は憐れで、愚かで、他人に嫉妬をして、他人の不幸が大好きで、日当たりよりも金が好きで、金持ちや権力者は嫌いで叩くけれど、ホントは自分は金持ちにも権力者にもなりたくて、金と権力に集まっていく蛆虫だ」と言う事は私は理解している。
それで十分だ。まず。自分を知る事。
これが出来る人間は強くなる筈だ。
Merci.Bonne journe'e