昔こんな映画がありました。


物凄い悪事を働いた囚人の判決を決めるのは十人の審判者。


全員一致で判決が下るのだが、死刑の挙手は九人。


残る一人に何故かを問うと…

「私が挙手すればその人は死んでしまう。私も賛成なのだがもう少し様子をみる」

との事。

そして徐々に考えがかわり結果十人が無罪を主張するというもの




私もですが、最近の人は周りの状況に流されてしまうケースが多いと思います。


自分の意思をしっかり持って、それを前面に出してゆく!



そうありたいものですガーン
今日はこんな話…


R君は友達のM君が引越しすると言うので、手伝いに行きました。


ようやく片付いて、一息つくと、
R君の顔が真っ黒に


M君の顔はさほど汚れていなかったのですが、

真っ先に顔を洗いに行ったのはM君でした



何故なら…





……


M君はR君の顔を見て自分も汚いと思い、
R君はM君を見ても、汚いなんてわからなかったからです。


相手から見えても自分で気付いていないという一例ですが、


手伝ってもらっときながらそりゃねぇだろM君よぉ

と思いました。


まさに「人のフンドシを締めて相撲をとれ」


…あれ?話違ったっけ?
私には昔から縁のない言葉です。


こないだ、自分を点でいうと?という話になりまして


その時にふと、思いました

今の生活のあらゆる物を考えても百点は一つもないなとシラー


だって百点より上ないんですよ

そう思うと完璧ってのもないのかな…


結婚式で「今の幸せを点数でいうと?」


「百点です」


「ぉお、これからも幸せに」


ってあるでしょうが、よく考えると


「じゃあ後は枯れていくだけですね」


って事じゃんガーン


物事先考えなきゃ、次のステップあるんだからグッド!

何事も百点に近づくよう日々是精進です。

学生のテストも千問作って千点満点にすればいい

どんな出来る人間でも次のステップ見えるだろうに…

親も何点位がスゴイのか解らないだろうし…
ありがとうって言いそびれた奴いる?って動画がネットにあります。

是非見てみてくださいませ


ということで本題。


御礼を言う場面はそういう事があったということです。(当たり前か)


と、言うことは相手も少なからずそれなりに身に覚えがあるのです。


即御礼をいえば、他愛も無いことでも、相手は嬉しいものです。

それが、「昨日はありがと」
「先週はありがと」

となればなるほど、なんの事?となります。

ちっちゃい人間なんか、「アイツ礼の一つもねぇ」と思うやろうもおります。


感謝の気持ちはスグ表す!恥ずかしくても、早すぎる何て事は一切ないのだから

謙虚な気持ちは大切です。いかなる時も



遠慮とは違います。へりくだるのも違います。



事実、お偉いさんで成功してる人や、人気者は謙虚な人が多いです。



「実るほど頭がたれる稲穂かな」という句があります。



そもそも謙虚って作れるもんじゃないんですよね・・・・



常に周りへの感謝。




これが謙虚・・・すなわち成功(?)の鍵となるのかなと・・・



小さいことからこつこつと・・・最初っから「デキテル」人間なんていないのだにひひ