話題については注意が必要である。
なぜならば、「言葉には霊が乗る」からである。
心配する人は、信仰を失った状態にある。
神に委ねていない。隙ができている。
当然、悪魔が利用する。隙間から体内に入り込もうとする。
自殺者のサイトを少し読んだことがあるが、その変な霊のたまり場であるとわかった。
死が甘美なものであるかのような錯覚を覚えるように、霊が働いている。
うつ病の人が話しているのを聞くと、そこに彼または彼女を支配している霊の存在を確認できる。
彼らはその霊の存在を知らないが、われわれクリスチャンは、霊の見分けができるからわかる。
先日の「あいちトリエンナーレ」の展示物に関して、その監督の津田氏が企画に関して話すビデオを見て「気持ち悪い霊が働いている」とわかった。
変なことについて話すと、その場を支配しようと霊がやってくる。
話者の思考を支配すれば、どんどんと場を悪化させることができる。
たとえば、よからぬ犯罪を企む人が集まっていると、彼らの思考を支配して、普段なら思いつかない邪悪な計画を思いつかせる。
もっと過激なことをやれ、と火に油を注ぐようなことをする。
自分が変な趣味を持っていて、それについてものすごい執着がある場合、その人がその趣味について語り始めると顔つきが異常になることがある。
その趣味をやっているときに、いつも支配する霊がやってくるからである。
「あれ、いつもの○○さんじゃない!」と思う。
話題によっては、気持ち悪い、怖いと感じることもある。
自分が普段好んでいる事柄は、それを行っている際に「霊による開拓」が進んでおり、回数を重ねれば重ねるほど「霊の憑依」の速度が増す。
よく祈っている人は、祈り始めるとすぐに御霊の働きがある。
聖霊の支配の中にすっと入る。
逆に、罪を犯すことが習慣化している人は、その罪を犯した回数が多ければ多いほど、その「なじみの悪霊」の憑依の速度が速くなる。
霊に関する知識がなく、話題の選択について無頓着な人は、悪霊の餌食になる。
これまで何度も話したが、プレ・ミレの人々と会話し、彼らが「この世界は悪魔の支配下にあるんですよ。いくら頑張っても無駄です」というたびに、悪霊が集まってくるのを感じる。
場の空気が変わる。
いいですか。
解決は、信仰しかない。
精神的なトラブルの原因は、「霊の支配を受けやすい」ことにある。
そして、問題をかかえている人は、その事実について知らない。
自分が悪霊に支配されていることに気づいていない。
いくら精神科医に頼っても無駄。
聖書を疑わない、という決意をし、イエス・キリストを救い主として受け入れてください。
そして、いったん決意したら、どんなに状況が変化しても、絶対にこの信仰から離れない。
疑いが出そうになったら「それでも神を信じます!」と宣言してください。
一瞬の疑念も一寸の隙もあってはならない。
完全防水の袋の中に入ってプールに潜った気持ちになってください。
ちょっとでも穴があるとそこから水が入ってきてあなたは溺死する。
完璧な信仰になるように思考を訓練する以外に、精神的なトラブルから解放されることはありません。