HYOJUさんが放出してくださったお宝データを、少しずつですがご紹介していきますね~(‐^▽^‐)
今回からしばらく、『甘殺』のときのインタビュー記事をまとめて載せたいと思いますのでヨロシク~p
= Cover Story =
その男とその女の主演申告式
『甘く、殺伐とした恋人』のパク・ヨンウ&チェ・ガンヒ
もったいないよ、パク・ヨンウとチェ・ガンヒ。
デビューして10年以上経つのに、これといった注目を浴びられずにいる二人。
顔がイマイチだとか、演技力に劣っているわけではない。
むしろ誰からも好かれるマスクに、主演よりも光る演技を見せてきた。
ただ、彼らが才能を発揮するにはテレビが、スクリーンが、狭すぎただけだ。
過ぎた10余年の歳月を、無念だと嘆いても仕方ない。それが映画界の現実だ。
だからこそ、スターになるのは空の星を取るより難しいと言われるのだ。
そうして2006年4月、ついに彼らが舞台の正面に立った。
タイトルだけ聞いても怪しげなロマンス『甘く、殺伐とした恋人』は、30歳になるまで一度も恋愛経験のない男ファン・テウ(パク・ヨンウ)と、モンドリアンも知らない美術専攻の学生イ・ミナ(チェ・ガンヒ)のラブ・ストーリーである。
パク・ヨンウは『オルガミ』以来の主演、チェ・ガンヒは『女子高怪談』と『ワニとジュナ』以来の映画出演だ。
『血の涙』で強烈な演技を見せたパク・ヨンウは、本作でふたたび軟弱なイメージに戻り、これまで清純ではつらつとした役ばかりだったチェ・ガンヒはミステリアスな雰囲気を醸す女性として登場する。
だからこそよけい、気にせずにはいられない。彼らがこの10年をどこでどのように過ごしてきたのか。誰にも顧みられることのなかった時間を、どうやって乗り越えたのか。そしてどんな理由で、甘く殺伐としたラブ・ロマンスを選んだのかまで。
10年も遅れて申し込んだインタビューだけれど、彼らの答えはとても役に立った。
パク・ヨンウは、作品ひとつひとつ、自分の経歴として積み上げてきていたし、チェ・ガンヒは、我々の心配をよそに余裕のある態度で演技を楽しんでいた。
正反対の姿勢をもつ二人の俳優を前に、ますます『甘く、殺伐とした恋人』の中の二人が気になり始めた。
軟弱なカリスマの奥に粘り強いこだわり
彼にも、幸運の女神がほほ笑んだということか? 『血の涙』の後、『甘く、殺伐とした恋人』と『ホロビッツのために』を続けて撮影した。『MUSA』で通訳官の役を演じたが大幅にカットされてしまい、2年も頑張った『スタントマン』は途中で撮影中止となってしまうという不幸に見舞われた彼にとって、息つく暇もない最近こそ、幸福な日々といえるだろう。
「こんなの初めてです。なのに人間はさらに高いところを仰ぎ見るようになるんですよね。新しい欲が出てきて、そのせいで怖くもあります。」ソウルから離れた都市で『静かな世界』を夜通し撮影し、休む間なくインタビューに駆けつけたせいか表情やまなざしに疲れが滲んでいるが、ファン・テウの話を持ち出すと終始快活な笑いを飛ばした。
『甘殺』のファン・テウ役を引き受けたのは、全面的にパク・ヨンウのこだわりだった。『血の涙』を撮り終えたとき、周りはみな軟弱なイメージ脱却のチャンスだと「何が何でももっと強い役をやるべきだ」と言ったのに、彼が首を横に振ったのだ。「スリラーやコメディーに特に興味がありますが、ほとんどの作品はパターンが似てるでしょう。そんな中でこの作品は独特でした。『静かな家族』や『反則王』のように公式を面白く捻じ曲げてみたり。僕の立場からすれば、ファン・テウという人物は、過去に演じたキャラクターとそう変わらないものだけど、そんな中でも今までとは差別化した何かをお見せしたかったんです。チェ・ミンスのカリスマとかペ・ヨンジュンのカリスマでなくたっていいでしょう。軟弱なキャラクターでもカリスマを感じさせられなければ。俳優なんだから」
恋愛に憧れを抱きつつも、30を超えてやっと正体不明の女性ミナに出合い、赤っ恥をかかされる(?)ファン・テウを理解するために、彼はソン・ジェコン監督を徹底的にマークした。「僕と似ているところが全くない男です。ガンヒは、襟の伸びきったTシャツを着て歩く僕とそっくりだと言うけど。ストレスが溜まったからって腰が痛くもならないし、この歳まで全く女性に縁がなかったわけでもない、ファン・テウは監督なんですよ。ラグビーボールのようにどこへ飛ぶかわからない天然さもそうだし」
クランク・インする1か月前からソン・ジェゴン監督との親交を深めてきたのも、単なるウォーミング・アップだけではなかったのだ。
「テウは成人しているけれど、まだ心は子供のままなんですよ。監督がまさにその通りなんです。だからしゃべり方や癖なんかも真似てみて、ベンチマークしました。ただ、どもり癖のあるような人物ではなく、スキッとしていて隙がないのに周囲の笑いを誘うような人物にしたかった。よく噛み砕いて話す人が、突然「あわわわ」ってどもれば笑えるように」
パク・ヨンウに『甘殺』は演技の面白さを教えてくれた映画だ。十分なリハーサルを通して、意図したものすべてを披露することができたのだから。
「とても気が楽でした。以前だとリハーサルの時、他の人たちは、僕の演技を評価してやるぞという目で見ていたんです。僕だけがそう思っていたのかもしれませんが。それが今回はそうではありませんでした。監督も「いやあ、楽しませてもらったよ。でもここんとこ、ちょっと変えてみたらどうだろう」って感じで。撮影の間には監督と俳優って結構戦争するんですけどね、ソン監督はかなりの部分で譲歩してくださいました」
「俳優になるために30段の階段を上らないといけないとすれば、やっと半分ぐらい来たんでしょうか」と話す彼の謙遜には、少なくない負担がぶらさがっている。確かに、今年1年間に観客の試験台に載せられる作品がひとつやふたつではないので、さもありなんと思われる。
「今となっては、あれをしてくれない、これをしてくれないと不満をもらすこともできず、結局は与えられた状況の中でどれだけ信用を得られる俳優として残るかが大切なんですよ。蓋然性のない主人公より、存在理由の確固たる脇役を演じたい」
残りの階段を休まず上り続ける仕事だけが残っているという彼に、ふと、”誠実な役者賞”でも与えるべきではないかと感じた。
いい男性に出会えなくても関係ないわ
「新しくお友達を増やすのは苦手。自信がありません。そりゃあ、広く浅くおつきあいすることはできますが、そんなの誰にでもできることでしょう。私はそういうの、イヤなんです。そんな時間があるなら、むしろ今いる友達をもっと大切にしたい」
「理想のタイプ?しょっちゅう変わります。今は特にありません。顔なんてどうでもいいし、生まれ育ちや学歴も関係ありません。本当に素敵な男性っていうのが、世の中にはいるらしんだけど、そんな人に出会えなくっても別に構いません」
「無理してつきあって時間を無駄にしたくないの。いたずらに傷ついたり、守れもしない約束をしたり、そんなことを考えると、出会いすら億劫になる。もちろん、めぐり合ってしまったら、きっと一生懸命になるんでしょうけど」
「たくさん傷ついてきましたよ。休憩時間のたびに監督がテウの役はチョ・スンウに任せるべきだったって繰り返すもんだから。そのたびに僕も、じゃあ自分はスピルバーグのつもりですかってやり返していましたけど」
「どうしてパク・ヨンウをキャスティングしたのかという記者たちの質問に、出演料も安くてあまり売れてないからだって。いくら冗談でも、撮影のために二晩徹夜した後に聞かされると頭に来ますよ(笑)だから一日中何も話さず、ひたすらにらみつけていたら、悪かったって」
「監督のこだわりを理解してあげないといけませんよね。必ず赤いハンカチを持ってなきゃいけないとか、小道具として置いてある本の角度が気に入らないだとか、そんな理由で撮りなおすこともあるし」
「先日、『秋へ』の撮影現場に遊びに行ってとても驚きました。キム・デスン監督が『血の涙』のときとまったく別人のようになってたんです。アングルでも演技でも、ほんの少しの妥協も許さなかった監督が、今は違うんです。気になって聞いてみたら、スタイルを変えたんだって。役者もそうだけど、監督っていうのも理解できない存在ですよ」
(訳文文責:ハギ)