日々、いろんな気づきがありすぎて、
受け取ることが追いつかないっ
今朝ふと自分の中に静かに降りてきたの
もう、“愛されない理由を探すのはやめよう”って。
ああ、ほんと、そうだなって。
どっかでちゃんとわかってた。
わたしは愛されてるってこと。
むしろ溺愛されて育った。
ちゃんと心の片隅でわかってた。
だけどそれをないものにしていた。
わたしへ注がれる溢れんばかりの愛を
違うものに変換していたのはわたしだった。
傷つきたくないから?
いつも攻撃されることを恐れて
防衛線をたくさんはっては
勝手に相手の想いを自分の思い込みの中で解釈して
勝手に予想して、
思ってもない優しい言葉をもらっては
相手のこころを勝手に決めつけていた自分が嫌になった。
きっとその攻撃されるって恐れているのも、
相手がそうしているのではなく、
自分が自分にしてること。
自分の弱さ思い込みで
渡してもらった優しさや愛に
気づかない、
受け取らない、
なかったものにする。
そんなの、もういやだ。
必要以上に受けとって
勘違いしてるほうがずっとましだよ。
愛に溢れた世界を望みながら、
愛のない世界にしているのは、
紛れもなくわたし自身だった。
例え、愛だと受け取ったものが
自分の勘違いでもいい。
傷つくことがあったっていいから
純粋に差し出してくれた愛を取りこぼさないでいたい。
わたしは愛されている。
これからは、いつだってこの言葉を胸に、
きっと抱え切れないほど溢れている愛に気づけるわたしになる。
そう決めた。
愛されない理由さがしより、
愛されている理由探し
愛されている事実、
与えてもらっている愛を
拾い集める人生をはじめるよ。