今回の記事もumbrella考察するのかよ

 

と思った皆さんすみませんそうです。

 

わたし、実はumbrellaにはもう一つの解釈が存在すると思っています。

 

(もちろん人の数だけ解釈はあって、それはすべて正解も間違いもないのは重々承知です)

 

前回のブログ、読んでない方はぜひ 

 

(前回のブログ読まれた方、誤字脱字、文節の間違いなど、読み直してみると間違い多々ありました。すみません。

 

夜中から朝方にかけて書いたので、、、お許しを)

 

 

 

あの、前回結構無理やり、

 

主人公は相手に愛を伝えました!

 

ちゃんちゃん

 

で終わらせてるんですよ。

 

なぜかというと、またこれも考察と呼ばれるものの特徴でしかないのですが。。。

 

 

大森君、umbrellaを描いた後に、恋愛ソング

 

書いてるんですよ。

 

半年後くらいには失恋ソングを結構たくさんお書きになってます。

 

ていう事情から、無理やり?成立させる方向にもっていったんです。。

 

 

いや、もし大森君がumbrellaで失恋していたとしても、

 

その人のことずっと書き続けるっしょ

 

って思われた方もいるし、もしくは

 

失恋して、また新たに恋が始まったんだよー

 

って考える人もいらっしゃると思います、、、。

 

本人にしかわからないのですが。。。。。

 

 

 

 

 

そして本題。

 

umbrella 実は、主人公は想いを伝えきれないまま、相手とばいばいになった説。

 

こっちの解釈のほうが、曲単体で見たとき結構きれいにすんなりいくんです。

 

まあ、私の思い出と、結びついちゃってるからなのでしょうが。

 

「もう空に向かって放つしかない」

 

 

このワードが、結構強烈なんですよ。

 

だって、素直にとらえれば、

 

「君に伝えられないから、せめて曲にして思い出とすることで、このどうしようもない感情をおわらせよう」

 

と腹をくくっているような、あきらめているような印象なんです。

 

そうとらえると、

 

「色がついた」

 

のあと、

 

「色が褪せた」

 

は、思い出や自分の気持ちを見送っているようにも感じるし

 

「ぼくはただ、会いに行くから」

 

は、会ってさよならを伝えようとしているようにも思えるのです。

 

すると、ほんとに切ない、恋の終わりを描いた曲になるのです。

 

では、別れの原因はなにかというと、

 

曲の冒頭

 

「寄り添いあえるのに僕らは壁を作って逃げた」

 

ことになり、

 

主人公が相手を「イカレている」

 

という理由にも納得できます。

 

 

つまり、このふたりは付き合っていて(もしくは両片思い)想いがかみ合わなくなったことにより、

 

お別れをした。

 

そんな曲なのかもね、ということ。

 

 

似たような経験(お別れの理由はちがうけど)を私がしているもんで、、。

 

umbrellaを聞くと、やっぱ思い出すんですよ、、うん。

 

ということで、、

 

 

 

みなさんは、どっち派なのかな?