随分長いこと更新していませんでした。
どこまで書いてたんでしょうかね…。
女房(元)の、日本語の文法がおかしい、というところですかね?
長いこと付き合っていれば、相手が何を言いたいのは分かります。
多少、主格と目的格が混同していても理解できるようになります。
それは彼女にとっても同じことでしょう。
俺が間違ったタガログ語を使っていても、彼女は理解してくれます。
そこで打算が働くわけですよ。
「厳しく言いすぎると、俺のタガログ語も厳しく指摘されるな」
と…。
もっとも、俺の場合は日本にいる訳だから、
-無理してタガログ語なんか使わなくてもいいだろう?-
俺自身、そう思っているんですけど、咄嗟的に出ちゃう場合もあるんです。
そういう時に、一つ一つ指摘されるのって悔しいんですよね。
それに、いちいち上げ足を取って指導してたら話が進まなくなるんです。
そうして、細かいことを教えないままで過ごしていた結果…、
その弊害が、生まれてきた子供たちに降りかかった訳です。
子供達が言葉を話すようになっとき、
幼稚園時代にはかるく虐めを受けているようでした。
「何言ってるんだかわかんない」
と、言われたみたいだと、という事を保育士から聞いたことがあります。
こっちは仕事で家に居ない時間が多いし、
子供たちの相手をするのはアイツの方が圧倒的に長いし仕方ありません。
同じ幼稚園に通うお母さんたちは、アイツとコミュニケーションをとります、
やはり、何を言いたいのか分かるからでしょう。
ところがその子供たちにしてみれば、
「アイツの言葉は分からない」
という事になり、大人と違って、それをハッキリ言葉にします。
ある意味、子供というのは残酷な生き物です。
それでも幼稚園の頃は何とかなっていましたが、
小学校に入ると益々、子供たちは言葉の弊害で悩まされることになります。
幸いにも、世間で騒がれているような虐めにまでは発展しませんでした。
逆に、幼稚園時代の子供たちを知っている子も多くて助かりました。
-あいつはああいう話し方なんだ-
と分かったうえで、付き合ってくれていたようです。
それは、その子達の親の教育が良かったのかもしれません。感謝です。
本人たちはそれなりに悩んでいる時期もあったようですが、
小学校も高学年になれば、普通に話せるようになってきます。
今の息子達は高校生二人、中学生一人ですが、
なんら問題なく普通に日本語を話せるようになりました。
脳梗塞で言語中枢をやられた俺より、はるかに立派に話せますよ。
-こんなことなら、タガログも話せるバイリンガルにしときゃ良かった-
今さらながら、そんな後悔をしています。
別れた女房とはたまに電話で話す事はありますが、
相変わらず、文法の間違いは直っていません。
そでれも立派に日本社会に溶け込んで生きているようです。
俺と同じような悩みを、今現在抱えている方…。
心配いりません。時間が解決してくれます。