付録えほん:ハクとのっぽ
ハクとのっぽ
オレの名前はハク。
のっぽがつけてくれた。
もう長く生きていて、けっこうなおばあちゃんネコ。
とくに長生きしようとは思ってないし、死ぬのも怖くない。
”むとんちゃく”って言われることもあるけど、
ただ今日をやすらぎの中で暮らす
そう毎日決めているだけ。
のっぽは優しいヒトの男。
だいたい毎日エサをくれる。
歯がよわいオレが食べられるエサを忘れてしまうこともあるけれど、
べつにのっぽを恨んだりしない。
のっぽの事情を知らないし、意地でものっぽからエサをもらおうなんて思わない。
今日もやすらぎの中で暮らすと決めたからね。
のっぽが名前をつけてくれるまで、オレは目の色がちがうただのネコだった。
のっぽはオレをハクとよんで、大きな手でなでてくれる。
それは、それは気持ちよくて、のっぽの大きな手がほしいと
大それたことを思ってしまったんだ。
ハクと名前がついて、でもよくわからなくて、少しヒトに近づいたんだ。
長くいきてるもんだから、のっぽじゃないヒトのこともたくさん見たり聞いたりした。
多くのヒトが平和な日々を過ごしたいと願っていると聞いたのに、
オレにはみんな別の何かを追い求めているように見えた。
ここから遠いところや近いところでは、
信じるものがちがうからとヒトが殺し合いをしているらしい。
臭くて火がつく水をみんながほしがって、深い海の底に穴をほっているらしい。
たくさん食べたいから、いろんなものを混ぜて何やら畑にまいているらしい。
それはみんな今とても幸せなのに、次に起こる何かを恐れているかららしい。
オレには信じられないが、ヒトが生きていくのに必要なことらしい。
ヒトは本当に平和な暮らしをしたいの?
わからない。
それでものっぽはオレのことをハクと呼んでエサをくれる。
そしてオレは今日
やすらぎの中で暮らすと決めていなかったってことにやっと気がついた。
食べられないエサがでると怒り、
のっぽの大きな手でなでられないと不安になり、
ほかのネコがなでられているのを見て嫉妬する。
ほしいものを与えてくれれば愛し、与えてくれなければ憎む。
まるで、だれかから何かをつかみとらないと幸せになれないって思ってるヒトのようだった。
「これ以上ほしいものは何もない」
なんて言える日が見えなくなってた。
オレはこの色がちがう目で”ハク”を見つめ直した。
のっぽの大きな手が幸せを与えてくれるわけじゃない。
幸せはオレが決めることだ。
オレは与えられないことを恐れるよりも、許すことを選ぼう。
すんでしまった過去は、もう気にしない。
ただ今日もやすらぎの中で暮らすんだ。
だから”むとんちゃく”って言われるのかもしれない。
それでものっぽには感謝してるんだ。
のっぽがいなかったら
オレはハクじゃない。
のっぽはだいたい毎日、オレのことをハクと呼んでエサをくれる。
今日を完全なやすらぎの中で暮らす。
ハクはそう決めた。
それはずっと続くんだ。