夜明けだけを、待っている
現在彼氏と同棲4年目。私には年下のセックスフレンドがいる。
そして最近もう一人微妙なカンケイの人ができました。
でも本当に好きな人は別にいます。

別れたい、忘れられない、会いたい、の気持ちをポジティブに変えて生きたい日記。

これは去年あたしの身に起こったことから、今に至るまでを書いた実話です。人物名は仮名ですが、その時のセリフやあたしが思った事、メールの文章などはそのままリアルに書いています。
不快に思われる方は、閲覧をご遠慮願います。
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最後に。


僕に巣食う闇、僕を救う闇。



長い間何も書かなくてすみません。

ずっと放置していてもよかったのですが、

一旦これでこのブログをお終いにすることにしました。



自分の気持ちを吐き出したくて、

書き始めたブログでした。

自分の辛い思い、切ない思いを事実のままに書き続けました。

そうすることによってあたしの心は救われたし、

冷静に自分のことを見つめることもできました。



しかしブログで公開することによって、

誰にでも自分の気持ちが通じると思ってしまったことが

そもそものあたしの奢りで、

読者の一部の方に心無い発言をされて、

傷ついてしまうこともありました。

と同時に、暖かいメッセージを頂いたり、

「自分の恋愛に重ねてしまって感情移入してしまう」と言われたりと、

嬉しい、優しい言葉をかけてもらったりしました。



今のあたしはとても精神的に落ち着いていて、

表面的でなく本来の明るさを取り戻していると思います。

でもこのブログに必死で書いていた時のあたしは、

本当にリストカットしてしまいそうなくらい墜ちていて、

他人から見れば笑ってしまうようなくらいオカシイ状況でした。

でも今読んで過去の自分が恥ずかしいとは全然思いません。

笑うヤツがいたらぶっ飛ばしてやるぐらいの気持ちです。



この時の弱ってボロボロになってるあたしも

今のあたしも同じあたし。

人間には人生のうちで1度は死んでしまいたいような

辛い思いで過ごす時間があると思います。

それが一週間か、数ヶ月か、何年間かは人それぞれですが。

あたしはその暗闇の時期をこのブログを書いている時に過ごし、

その思いと事実を書き綴ることで、

だんだん本来の人間性を取り戻しました。



今、現在恋愛や結婚や家庭問題、仕事などで

大きな暗闇の海を必死でもがいて苦しんでる人。

失恋や誰かに裏切られて毎晩眠れない夜を過ごしている方。


止まない雨は無いし、明けない夜はありません。

夜明けは必ずやってきます。


きっといつか空は晴れ渡って、

あなたに燦々と明るい光が降り注ぐとあたしは信じています。

なので夜明けを待って下さい。

それがみかからの最後のメッセージです。





最後にMのことについて少し書きます。



彼とは今もなお関係があります。

しかしこのブログに書いていた時ほどドライな関係では無くて、

本当に友達として仲の良い、気の合う関係です。

セックスは極たまにします。

でもしなくても仲は良いです。

彼はあたしの事を「面白いし、かしこい女。」と言ってくれます。

あれだけ人前で一緒に歩くことを嫌い、

「ラブホ前集合、ラブホ前解散」だったのに、

今は電車や地下鉄も一緒に乗ったりします。

もちろんそこには恋愛感情は一切ありません。

しかしあたしはそれで十分なのです。

十分すぎて幸せなくらいです。



彼は今もあたしの気持ちを知りません。

そして来年彼女と結婚するそうです。

結婚したら二人で逢うことはもっと減ると思います。

そしてあたしも結婚したら完全に無くなると思います。



それでもあたしは今もMのことが好きです。

彼には幸せになって欲しい。

そしてあたしも幸せになる。



Mに逢えて本当に良かったと思う。

たくさん辛い思いもしたけれど、

あなたと過ごした時間はあたしにとって掛け替えの無い財産です。



本当にありがとう。

あなたと一緒に電車から見た夕焼けの空、

たぶん一生忘れない。








強引

335



あたしは仕事終わりのMに連れられて、とある焼肉屋さんに行った。

彼はあたしをカウンターの左隣に座らせ、「何飲む?ビールでいい?」と陽気に笑っていた。

そして次々に運ばれてくる肉を、焼いてくれてはあたしの皿に入れてくれ、あたしが頼みたいものはすべて頼んでくれた。


なんだか変に優しかった。


彼女ができるとやっぱり変わるもんだなあ。なんて思っていた。




「最近どうなん?浮気してんの?」




突然Mがそんなことを聞いてきた。

あたしはお約束ではあるが、嘘をついた。




「いいや。Mとしなくなって、それっきりやで」




だってまさか「今は妻子もちの10歳年上と付き合ってまーす」なんて、もと片思いの相手に言えない。

ただでさえ汚れた女のイメージがついてるというのに、Mの中であたしの女としての株をまた下げたくは無かった。

そして一応あたしもMに「あんたはどうなんよ?」と聞いた。




「いや、仕事忙しくて俺もぜんぜん無いわ」




と、返ってきた返事が本当なのか嘘なのか‥。

それはどっちでもよかった。

あたしの前ではどっちだろうと「他とはやってない」と言ってくれたのが、有難かった。

いくらなんでもあたしだって、そんな話は聞きたく無いし。


「うっそやあーー」とかあたしが笑いながら突っ込んだりして、Mも「ホンマやって!」と言いながら、なんだかんだで二人ともいい感じで酔っ払ってきてたと思う。






「なあ、久々にしようや」







突然Mがそう言った。




「はあ?何言ってんの」




あたしは思わずそう返した。

別に演技とかでは無かった。

本当にMともうエッチなんて考えられないと思っていたあたしから出た、本音の「はあ?」だった。




「なんでやねん。しようや。したい」




Mはそう言ってあたしを見た。

その目は完全に酔っ払っていた。


「酔っ払うと甘えたモードになる」と自分でさっき言っていた、その甘えたモードに入っちゃってるような雰囲気だった。


あたしは困った。

Mにしたいと言われれば、嬉しい気持ちもある。

しかし一度は自分から切った関係だ。

ここでやってしまったら、せっかく良かれと思って我慢して切ったのに、その努力の全てが水の泡になってHしまう。

それでいいの?と自分に問いかけた。


いや、やっぱりMとはもうセックスしたら駄目だ。

彼女とラブラブなMとセックスしても、何にもならない。






「絶対だめ」






あたしはきっぱり断った。




「それより前ゆってたたこ焼き屋連れてってよ。もう一軒行こう」




そう言って笑顔で「まあまあ」とMを宥めながら、オアイソを促した。


先に店の外に出て待っていると、支払いを済ませたMが出てくるなり、今度はあたしにこう言った。




「じゃあ、今からラブホ行くか、たこ焼き屋行くか、どっちか選びや。決めさせてあげるわ」




あたしは間髪いれずに答えた。




「だからたこ焼き屋やって」




Mはあたしの目をじっと見つめると、何も言わずにふいと背中を向けて先に歩き出した。

その後を慌てて追いかけると、行く先にたこ焼き屋が見えてきた。


よかった。とあたしがホッとすると、Mは目の前のたこ焼き屋にでは無く、その向かいに建っているラブホテルにずんずん入って行く。




「ちょ、ちょっと待ってよ。どこ行くん!?」




とあたしが立ち止まると、今度は振り返ってあたしの手を掴んでぐいぐい引っ張って行った。

「えっ、えっ、ちょっと待ってよ」とあたしがゴチャゴチャ言うのも聞かず、ホテルのロビーの部屋のパネルが並んである前まで引っ張って行き、




「どれがいい?これでいい?」




と言って自分でさっさと部屋のボタンを押してしまった。


そうしてあたしはいつのまにかMと二人でエレベーターに乗っていて、頭は真っ白になってしまい、まだその状況が飲み込めずにポカンとしていたように思う。

突然の連絡。

keki

















あたしはしばらくとても幸せだったように思う。




ハタから見れば、散々な恋愛に失恋した結果、同棲してる彼氏もいるくせに、妻子もあって他にたくさんの女性とも関係を持ってる男に引っかかって、「なにが幸せなんだ?」と思われても仕方ない状態のあたしだったが‥。


あたしは、それでよかった。

とても毎日満ち足りた気分だった。


Nさんと別に毎日ラブラブメールや電話していたというわけでは、無い。

彼はどちらかというと仕事も忙しい人だったし、毎日メールや電話‥というタイプでもなかった。








「ねえねえ。あたしのことNさんの彼女にしてよ」





いつだったか、あたしは唐突にベットの上で彼にそう言った。

Nさんはちょっと驚いたような顔をしたが、「彼氏がいるからダメ」とすぐに笑顔で断った。





「じゃあ、愛人」





そうあたしが食い下がると、





「そんなお金無いからダメーーー」





とまた笑顔で断った。

あたしは少し剥きになってきて、





「じゃあペットは?」





と聞くと、今度は





「ペットは死ぬと悲しいからダメ」





と、訳のわからない理由で断られた。

もう、じゃあいいよと、唇を尖らせてあたしがそっぽを向くと、Nさんは腕を伸ばして後ろからあたしを抱っこした。





「んーーーでも、ラブリーな人ではあるな」





そう言って、あたしをぎゅーっと抱きしめて、そのまま一緒にベットに寝転んだ。








それで良かった。


その時のあたしにとって、とても調度良かったのだ。

愛情が多すぎてもたぶんダメ。もちろん少なすぎてもダメ。

Nさんの愛情のサジ加減というヤツは、当時のあたしの精神状態に、まさにパズルのピースとピースのように、ガッチリと噛み合っていたように思う。


結婚して、子供のいるNさんは、「頑張って彼のたった一人の大切な人になりたい」なんていう願望が、全く感じさせない相手だったのだ。

あたしも一応彼氏がいるわけなんだし。

とっても楽で、悲しいこととか嫌な嫉妬心や猜疑心が、全く出ない相手だった。


Mのことを毎日思ってた時は、彼の大事な人になれた彼女のことを、何度恨めしく思ったかわからない。

でも、Nさんの場合はそういう感情が全く無かった。


あたしの中で「彼女」と「奥さん」というものは、別の感覚で見ていたからか‥。それとも、不倫経験が無かったので、奥さんや子供、つまり家庭というものに鈍感だっただけなのか‥。









とにかく、あたしはMのことはだんだん頭から離れるようになり、仕事を頑張るようになり、Nさんとたまに会ってはご飯を奢ってもらい、デートして、セックスした。


Mのことは遠い過去のように感じることもあった。

「彼女と幸せになってればいいな」なんて、カッコつけて思ったりすることもあった。





そして最後にMと会って3ヶ月ほど経った頃。

もう二度と会えないなら、それでもいいと思っていたMから、一通のメールが来た。





「久しぶりー。元気?今度の水曜か金曜、焼肉行かない?遅くなりましたが‥」





あたしはかなり驚きはしたが、反面なんだかとってもトボケたメールに見えた。



何を今更‥。



彼と焼肉の約束をしたのは、去年の12月だった。

この時すでに時期は夏になろうとしていた。

実に半年前の約束だ。


そう。忘れもしない。

あの時は正月に一度行く予定にしていて、Mから「彼女ガッチリで」という最高にダメージのある理由で、あたしはドタキャンされたのだった。

その時の約束を、Mは今更持ち出しているのだ。




あたしは色々な思いがこみ上げてきて、困惑した。




もちろん嬉しい気持ちもあった。「何を今更!」という腹ただしい気持ちもあったし、何か裏がるんじゃ無いかったいう、変な不審感もあった。


それと同時に沸いてきた、あたし自身も驚いた感情がもう一つあった。

Nさんに対しての後ろめたい気持ちだった。

彼氏に対しては何も思わなかったが、あたしはその時、心からNさんに対して「どうしよう」的な背徳感を感じていたのだ。

これには本当にびっくりした。



あたしは悩んだ結果、「行く!!」と決めた上でNさんにメールで断りを入れた。

Nさんはブログを通じて知り合った人なので、もちろんMと言えばダレの事かも解っていた。





「Mと焼肉行くことになった。でも、別に何も無いと思うから」





と、あたしはメールした。

Nさんは、





「ううう‥。僕にはとやかく言える権利が無いんで‥。でも無事?帰ることを祈ってます」





と返事が返って来た。

Nさんらしいなと思った。




そうこうしてるうちに約束の日が来て、あたしはMの働く美容室に行った。

ついでに久しく切ってなかった髪も、整えてもらおうと思ったからだ。


かなり久しぶりにMに会ったというのに、あたしは何故か落ち着いていた。

顔を見て多少のドキドキはあったが、10歳年上のNさんと付き合ったせいか、少し余裕もあるくらい落ち着いていた。





「俺、彼女と一緒に住むかもしれへん」






あたしの髪にハサミを入れながら、Mは突然そう言った。





「へー、そうなん?いいんちゃう?」





あたしは自分でも本当にビックリするほど動揺しなかった。

それどころか、「まあ、当然やろうな」と心の中で妙に納得したくらいだ。


するとMは何故か、





「‥っていうか、住むねん。もう家も決めてて‥。テレビとか家具も買ってん。」






「?あ、そうなん?」





あたしは、ここで何故Mが最初「住むかもしれない」なんて曖昧に言ったのかが、解らなかった。

もう家具も買っててカーテンも注文してる(と後で聞いた)のに、一体なぜ今ちょっと最初誤魔化したのだろうか‥。


でもそんな疑問はすぐに消えてしまった。


たぶん、その時のあたしにとっては、もうどうでもいい些細な事でしかなかったからだろう。


Mは彼女と相変わらずうまくいっているようだった。

アシスタントさんも、Mの彼女のことを「いい彼女さんでね」なんて言っていた。

あたしはそれを笑顔で聞いていた。


そうして、たわいの無い話をいくつかした後、あたしは髪を切ってもらい、ブローしてもらって、Mが店の片付けをして仕事を終えるのを、近所のスタバで待っていることのした。













そしてスタバでカフェオレを飲みながら、Mから電話があるのを待っている間、本当にあたしはこの夜Mと何か起こるとは思っていなかった。




起こるはずが無いと思っていた。



心地よい関係。

らんぷ




Nさんは、10歳年上のやや特殊な職業の男性で、妻も子供もある人だった。

そして、妻やあたし以外にも、たくさんの女の人…彼女?がいた。


今思えば、

「いい意味で」の女好き。



女の人が大好きな人なんだと思う。

エッチなこととかも含めてだけど、女性って存在そのものが。






最初は、あたしのブログのゲストブックに内緒で




「たぶんすっごくタイプなんです。逢ってくれませんか?」




と、書いてあった。

あたしはやんわり断った。


しかしその後も、何度も、何度も、何度も、(わりとしつこく)逢って欲しいという書き込みが続いた。

これまた今思えばなのだが、それが彼の手法であって、いろんな女性ブロガーに同じことをしているようだった。


あたしは何度も何度も断ったけれど、ちょうどこの時心にぽっかり穴が開いてしまっていたので、一度なんとなく流れでふらふらと逢ってしまった。


思っていたよりイヤではなかった。


Nさんの「女慣れ」してる行動のすべてや、当然のようにご飯をおごってくれる年上の余裕が、その時のあたしには心地よかった。





車のドアを開けてくれる。

  

車で送り迎えをしてくれる。

  

あたしがトイレに立った隙にお会計を済ませてくれる。

 





すべてが「セフレ」としての扱いでなく、「女性」としての扱いだった。


最初に逢った時の帰り道、Nさんはあたしの傘を持ってくれた。




「あの、傘くらい自分で持ちますよ」




と、あたしが返してもらおうと手をのばすと、その手をやんわり押さえて、




「こうしたら、手、繋いでくれるかと思って」




と言って、Nさんはそのまま手を繋いできた。


今までMもYもこんな外で堂々と、手を握ったりしてくれたことは無かった。

Mに関しては手を繋ぐという行為すらアタシには無い。


左の薬指にリングをはめた男性が、こうも堂々とあたしと手を繋ぐなんてと思った。

その行動があたしにとってはカルチャーショックであり、嬉しくもあった。






話しているだけでも、とても楽しかった。

すぐ二回目会うことになり、あたし達は当然のようにラブホに入った。


また次会った時は、彼氏が出張していて、あたしの家にNさんが遊びに来た。

Nさんの家にも奥さんと子供がいなかったので、少しお邪魔しに行った。




Yや、Mじゃ考えられない待遇。




あたしはとても心地がよかった。


誰に対しても罪悪感は無かった。


彼氏や、Yや、Mのことで傷ついて、疲れきってしまったあたしの心を、癒してくれる人が突然現れたようだった。


Nさんに他に女がいようと、奥さんや子供がおようと、Nさんがブログでまた他の女の人をナンパしようと誘ってるところを見かけても、あたしにはどうでもよかった。

ただたまにあたしと一緒にご飯を食べ、手を繋いだりキスしたりして、心地よい時間を提供してくれればそれでよかった。










あたしはその何ヶ月かの間、ほとんどMのことは考えずにいた。

向こうからメールもなかったし、あたしも特にしなかった。

ぽっかり空いてしまった穴は。

おうむ






その数日後、Mからメールがあって結局彼女は妊娠していなかったことがわかった。




「なんかストレスで生理止まってただけで、妊娠の反応はたまたま出たみたい。彼女の両親にまで会ったのに。まあ笑い話で済んだわ」




と、書いてあった。


あたしはそのメールが来て、一瞬はすごく喜んだ。


でもすぐに落胆した。


妊娠してなくたって、Mが彼女と結婚まで考えたことに変わりはない。

Mが今の彼女をすごく大事にしてることにも、変わりは無い。


あたしは妊娠騒動のおかげで、結局一人被害を受けた人間なのかもしれない。


彼女とMは二人の愛をこの一件で確かめ合ったことだろう。

二人の両親も、きっと二人の仲を公認したはず。


あたしには、ただ傷跡だけが残った。









やがてその傷跡はだんだん広がり、ぽっかり開いていって最終的には傷なんて初めから無かったかのように、ただの大きな穴になった。


あたしは常に自分の中に開いてしまった、穴を見つめた。


もうMのことを追いかけることは、難しいなとその時初めて思った。

潮時…というより、あたしの恋はここで一旦終わってしまったのだ。

穴から風が吹いてぴゅうぴゅう鳴った。



仕事をしていても、

友達と飲んでいても、

彼氏とすごしていても。











そして1ヶ月ほど経った時、夏に田舎で占ってもらった結果の通り、そのぽっかり空いた穴を、埋めてくれる人が現れた。


このブログでは無く、もうひとつのブログを通じて知り合った、Nさんだった。


潮時2。

かばん




あたしは髪をMに切られながら、話を聞いた。

Mの持つハサミによって切られた髪の束が、さらさら床に流れて落ちていった。

その時間は永遠のようにも思われた。

まるで、永遠のように長い拷問。



Mはもう結婚するらしかった。



彼の口からはっきりそう聞いた。


彼女はなにかストレスで子宮が病気になっているらしく、妊娠の反応は出ているが、妊娠していたらそのお腹の子は流産する可能性が高いらしかった。

出産できても、流産しても、どちらにせよMは結婚するらしかった。

来週には彼女の両親に会うと言っていた。


あたしがショックだったのは、Mの彼女が妊娠したという事実ではなく、Mが彼女の妊娠を喜んでいることだった。




「最初はびっくりしたけどな。なんか不謹慎やねんけどわくわくしてるねん。子供、できてないかな?って」




Mのポジティブシンキングは素晴らしかった。

彼女が例え病気だとしても、「わくわくする」と言うのだ。


そしてMは今まであたしに言ったこともなかったような、彼女への思いを語りだした。





「俺さ、付き合っても半年くらいですぐ飽きるねん。コンビニに行くときとか、手繋ぎたがるやん?女って。そーゆーのも面倒になってくるねんけど。今の彼女はぜんぜん飽きへんねん。普通に手繋ごうって思うし。性格めっちゃええしな。今まで付き合いたい子がおらんかったけど、今の彼女はほんま結婚してもいいなって思うんやんか」





あたしはそれを聞いている間、なんともいえない虚脱感を味わっていた。

それは甲子園に向かった高校野球の選手が、一回戦でサヨナラ負けして呆然としているような‥。そんな感じだった。




「店長も二次会したるから、もう結婚しいや!って言ってくれてるしな。もう俺ええ年やし」




そう言ってMはにやっと笑った。

その笑顔はあたしにはとても幸せそうに見えた。


あたしは自分のMへの想いをいったん押し込め、Mの友達という自分に気持ちを切り替えてこう言った。




「よかったんちゃう?Mってぜんぜん落ち着きそうにないし。いい子なんやろ?彼女」




「めっちゃええ子やでー。そうそう、俺こんなことでもないと、一生結婚しなさそうやしな」




「ははっ。確かに。とにかくオメデトウやな」




あたしが笑顔でMにそう言うと、なんと思っても無い言葉が彼の口から飛び出した。




「二次会、来てや」




はあ?とあたしは思った。

どん感とかそういう以前に、あたしはMと出会い系で知り合っただけの女なのだ。

そんなあたしに結婚式の二次会に来てなんて、いったいどういう思考回路なんだろう。


あたしは「知ってる人がいないし」とか適当な理由でそれは丁重にお断りした。

しかし、友達としてMがあたしに声をかけてくれたのなら、それは皮肉にも嬉しいことではあった。


しかもMは、この話をしたのは自分のまわりの友達や連れの中でも、あたしが一番最初だと言った。

他の誰にもまだ話してないと。

それもまた複雑な思いであたしは受け止めた。









帰り際、あたしはMにこっそり聞いた。




「今、Mって浮気とかしてるん?」




Mは即、首を振った。




「いや。する暇無いしな。でも今やからこそしたいけどな。彼女と当分エッチできんから」




「今はしたらあかんで!彼女かわいそうやん」




それは本当の本当に、本心だった。

するとMは悪びれもせずこう言った。




「俺は浮気はするで。セックスはスポーツやと思ってるからな。処理的なもん」




あたしはなんだか他人事のようにその言葉を聞いて笑った。




「あんたと浮気する人かわいそうやな~。処理されるんや」




「そんなことないよ。向こうも処理的な感じでさ。処理同士やったら」




そしてMはあたしの横に顔をぐっと近づけ、




「処理したいな~。する?」




とのたまった。


あたしはとことんMとはセックスに関しては意見が合わないな、とひしひし感じながら、




「絶対しない!あんたとはもう絶対しな~~い!」




と、大声で言ってやった。


それは自分自身にけじめをつけるために言ったようにも聞こえた。









家に帰っても涙は出なかった。


ただ突然終わった片思いに、少し呆然としていたのと、諦めのような気持ちと、なんだかあそこまで彼女のことを褒められたら仕方が無いなという、やや吹っ切れた気持ちがごちゃごちゃとしてあたしの中に渦巻いていた。


このときの気持ちは自分でもうまく表現ができないほど、覚えていない。


潮時。

sakura




あたしは緊張しながらも、春、Mのいる美容室に行った。

その時にはあまりネガティブな思いは無く、ただ会えることが嬉しかったし、



`Mとの再会を楽しもう`



それだけ思って足を運んだ。


たぶんMへの思いを、将来的に少しまだ望みはあると信じていたから。

いつか彼女と別れることになったら、叶うかもしれない。

そんなあさましい望みがどこかにあったんだと思う。


だから、体の関係を絶った今、ただMと会える時間をめいいっぱい大事にしようと思っていた。

少しでも、あたしのことを「いい女だ」と思ってもらえるように。


永遠の片思いになってもいい。

Mを好きでいることがあたしの存在意義なんだから。


そう思っていた。







しかしあたしは大きな間違いをしていた。



恋は、いつか終わりは来るのだ。



永遠の片思いなんて無い。

自分の都合よく考えていた、あたしの勘違いだった。



それを突きつけられたのは、美容室で実際Mに会った時だった。




「予約の返事遅くなってゴメンなあ~」




久々に会った時、Mはそう言って鏡越しにあたしを見ながら謝った。

そんなこと全然気にしていなかったあたしは、笑顔で首を振った。




「いいよ。いつものことやもん」(笑)




しかしMは少し間を置いた後、持ったハサミをいったん下ろしながら小声であたしに囁いた。




「…実はさあ…、ちょっと事件があって」




このとき、あたしは言いようの無い不安に駆られた。

『虫の知らせ』ってヤツだと思う。

それとも『第6感』?


とにかく、ざわっと背筋が凍るようなイヤな予感を感じたのだ。




「…事件?」




ややこわばった顔であたしが聞くと、Mは気まずそうに口を開いて続けた。





「子供ができたかもしれんねん」





あたしは頭の中が一瞬で真っ白になった。

そして「やっぱり」というような自分のイヤな予感が当たったことを、理解した。




「できたかも…っていうか、たぶんできてん」




と、Mは残酷にも続けてそう言った。




「まじで?」




あたしは震える唇で、後ろを振り返って聞いた。







‥そう、片思いに終わりはあるのだ。


「潮時」という終わりが。


春を待つ。

あたしはを待っていた。




ウォーキングに励み、頭をからっぽにしながら、冬の寒い空を見上げていた。


思い出すのはMのことばかりでは無かった。

この時会う約束がほとんど無かったYとの事や、Yとの関係の末失ってしまった朋ちゃんとの友情のこと。そして今あたしのパートナーである彼氏のこと。

このブログの引越し前のブログを立ち上げたのも、ちょうどこのころだ。



仕事にも積極的に取り組んだ。

早く成長したかった。

強い人間になりたかった。


強くて、偉くて、お金持ちで、仕事もできて、賢くて美しい女になりたかった。


頂点までのぼり詰めたら、きっとMのことなんか足元にも及ばない。

どうでもいい存在に思えるはずだ。


あたしは自分を高めることによって、Mよりも優位に立とうと努力していた。

そうすることしか思いつかなかったから。







3月に入って、あたしの仕事が認められ、雑誌の片隅に名前を載せてもらえることになった。


努力は実るものだ。

あたしは素直にうれしかった。


そして誰よりもまず、Mにこのことを自慢したい!と、強く思ってしまった。

この時のあたしは少し気持ちが大きく出ていたかもしれない。

「あんなやつ」ぐらいの気持ちで、あたしは久々にメールを送った。


内容は本当にたいしたことないもの。

自分の名前が載った雑誌を見てね♪といったような、ごく連絡事項。

ちょうど昨年の秋に、Mが彼氏の誕生日にあたしに送ってきたメールと、同じような内容だ。



あたしは返事なんてどうせ返ってこないと思っていた。



しかし、Mからは思いもよらない返事がきた。





「すごいやん!本屋に行って見てみるな!最近仕事はどう?俺は落ち着いてるねん。だから正月にご飯行きそびれてるの気になってたから、近々行こう!」





あたしはそのメールを見たとき、かなりびっくりした。

Mからこんな返事がもらえるなんて!と、舞い上がった。


信じられなくて、何度もメールを読み返した。


「彼女とべったりやから無理」と、ドタキャンされた約束がまだ生きていたこともびっくりだが、Mがそれをまた自分から穿り出してあたしを誘ってくれることが驚きだった。



だってもうあたしとMの間には体の関係は無いのだから。


その後あたしが返事をして、Mからはもう一通返事が返ってきた。

それは本当に仕事帰りに本屋に寄って、あたしの載ってる雑誌を見てくれたという内容だった。

Mが。

あのMがあたしのためにわざわざ本屋にまで行って見てくれた。

その事実にあたしは大げさかもしれないけど、ただただ驚き、嬉しすぎて顔がにやけた。







を待とう。

四月になったらMに会いに行こう。


そのころには外の空気も和らいで、暖かくなって、あたしの恋にもなにか変化が訪れるかもしれない。

あたしはそんな期待を抱きながら、残りの冬を過ごした。


ウォーキングも、読書も、ブログも、仕事も、おしゃれも、すべてはMに会うために。

あたしという人間は、この時Mを中心に存在していたような気がする。

そして、たぶんその気持ちはこの時がピークだった。


に待っていたのは、残酷な再会だけだったから。


顔をあげて立ち上がる事が必要。

壊れた


あたしはその日から、少しづつだけどネガティブなロジックから抜け出しつつあった。
と、いうより自分でなんとか抜け出そうとしていた。
でないと身体も壊れてしまったし、これ以上堕ちたら生きていけない気がしたから。


何でもいいからやってみようと思った。


まずはタバコをやめた。
身体を壊したその日から受け付けなくなって…。
それを機会にやめた。
心が病んでる人はあんまりタバコは吸わない方がいいと思う。
手放せない存在になってくるから。

お酒を飲むとちょっと欲しくなる夜もあったが…、そこは忍耐で乗り切った。
今現在も今年は吸っていない。



次に彼氏との関係の改善をはかった。
あたしが身体を壊してから、少しだけ彼氏が頑張って早く帰ってくれるようになった。
どうしても帰れない日でも



「帰りたい、顔を見たいけど、どうしても帰れない」


と、自分の気持ちを電話であたしに伝えてくれるようになった。
何も言わずに


「仕事が忙しいから帰れない」



と、それだけで帰って来ないよりはよっぽどあたしの寂しさは紛れた。
女って言葉をもらわないと、やっぱり駄目な生き物なんだなって思った。





そして今までは彼氏のことをおざなりにして、MやYのことばかり考えていたあたしだが、


自分が今付き合ってる人はこの人なんだ。
今はこの人なんだからこの人の方を向いていよう。
この人と寄り添おう。


そう思うようになった。






あとは…、本当に藁にもすがる気持ちで「自己啓発本」というのに手を出してみた。
今まで本屋でそういうの立ち読みしている女子を、やや軽蔑的な眼差しで見ていたあたしだけど…。
思いきって読んでみた。

そしたらなんだか今の自分にプラスになりそうな本を見つけた。


「愛されてお金持ちになる魔法のカラダ」という本だった。



佐藤 富雄
愛されてお金持ちになる魔法のカラダ



内容は簡潔に言うと、ウォーキングの本。
姿勢を正して一日に90~120分ウォーキングすると、自然とあなたは愛されてお金持ちになりますよーー、という本。

ありえない…と一瞬思ったけど、ウォーキングは身体に良さそうだし、読んでるとなかなか納得できる部分もあった。

あたしはその本を読んで、毎朝少し早めに起床して冬の寒い空の下ウォーキングを決行することにした。




ウォーキングをする条件は、


1.1人ですること。(誰かと一緒にじゃダメ)
2.化粧してなるべく可愛いウェアを着る事。
3.音楽を聴きながらは不可。
4.真直ぐ前を向いて正しい姿勢で、1秒につき2歩で歩く事。




こんな感じ。
でも実際これが結構よかった。

まず1人で無音で何か考えることって、日常にそう無い。
テレビがついてたり…、ヘッドフォンつけてたり…、ざわざわ周りがうるさかったり…。

1人でずーーっと歩いてると、いろんな事を考えられる。
誰かを好きな気持ちも、ドロドロした感情も、1個1個客観的な目で見る事ができて、整理整頓できる。
Mのことも、Yのことも、彼氏のことも、色々客観的にあたしは考えながら歩いた。

あとは身体の調子がよくなる。
足腰に張りが出て来るからなんだか身が軽いし、夜ぐっすり寝れるようになった。

別に愛されてお金持ちにならなくても、歩くって本当にいいことだなって思うようになった。
最初は季節が1月2月の事なので、その寒さに家を出るのも億劫だったけど、だんだん自分から「あ、外で歩きたいなあ」って思って出て行くようになった。
最初は寒くても、歩いてるうちにすぐ身体が熱くなってくるのも知ってたし。





とにかくあたしは歩く事で、少しづつ立ち直る事を試みた。

Mの事を頭の中で冷静に考えてみた。



このまま好きでいて、彼と付き合う可能性があるのかな??




答えは「無い」だった。


絶対ありえない。
それどころか、あたしが友達以下になる可能性の方が高かった。

じゃああたしはどうしたらいいのか。
何をしたらいいのか。

考えた結果、


「Mを見返してやろう」



ということになった。


Mに、




あー、しまったー。結構いい女じゃん。
もったいないことしたな。
もう少しエッチしときゃよかったーー。



と、思わせることが目標。


とりあえず久し振りに芽生えた、あたしなりのポジティブな考えだった。
あたしは1月2月とMからのメールも無いまま、黙々と歩き続けて春を待った。


ひかりが見えないの。

壊れた




正月が明けて、また仕事が始まって、いつものような日常が戻った。


Mからの連絡はもちろん無い。


あたしは返事をしてないことを思い出して、どうでもいい、関係の無いメールを送ってみたけど、返事は無かった。

あたしは墓穴を掘るばかりだった。



Yと大喧嘩をした。

しばらく別れることになった。


原因はMのことで頭がいっぱいなあたしに、Yがいつものワガママばかりを押し付けてきて、あたしがワガママをもうきいてあげなくなったのでYの怒りが爆発、あたしもキレてしまったのだ。



Mがいい。


Mじゃないとイヤなのに。



こんな思いまでして「恋ってとてもいいものだよ」ってみんな言えるのだろうか。

「自分にとってプラスになる」って。

あたしはマイナスばかり。

出会わなければよかったんだろうか。

出会ってよかったって思う日が来るんだろうか。



あたしは夜中眠れなくなり、タバコも1日1箱以上吸うようになった。

誰か一緒にいないとご飯も喉を通らなくて、体はさらに痩せた。

夜1人でいることが耐えられなかった。





-----Mは毎日彼女の1人暮らしの家に行ってるって言ってた。

-----Yの彼女も6時には毎日家に帰ってくる。

-----女の親友もみんな結婚して夜は旦那と過ごしている。







なのになんであたしは1人なの?








1人暮らしの時は何も感じなかった。

1人の時間も好きだった。

でもこの時のあたしには、あまりにも孤独が重くのしかかった。

重すぎて、あたしが壊れてしまいそうだった。












一月も中旬に差し掛かり、もう少しで自分の誕生日だった。

そんな時、ついにあたしは壊れた。


仕事中に吐き気と胃痛が止まらなくなり、会社を早退させてもらって電車に乗った。

駅に着いた瞬間、ゴミ箱の中に吐いた。

体を引きずるように階段を上がって、トイレに駆け込んだ。

また吐いた。

そして胃がぞうきんで絞り切られてるように、激しく痛かった。


トイレの前で1人動けずしゃがみこんでじっとしていた。

でも一向によくなる気配が無かった。

帰宅ラッシュの大阪人はもちろん誰も手を差し伸べてくれる者は無かった。


助けを呼ぼうにも声が出なくて、あたしは彼氏にメールした。

携帯を持つ手がブルブル震えていた。







ちょうど一年前。まだMにもYにも会う前だ。

彼氏と一緒に住み始めて間もなかったあたしは風邪をひいて、40度の熱が出た。

しかも次の日は九州までイトコの結婚式に行かなくてはならなくて、切符も買ってなかった。

家には解熱剤どころか風邪薬も無く、食べ物も無かった。

あたしはどこにも出られず、トイレも一苦労なほどフラフラだった。



でも母親を無くしたばかりのイトコの結婚式だけは、行ってやりたかった。



彼氏に携帯でSOSメールを送り、電話も何回もかけた。


しかしメールは返ってくることは無く、電話はガチャっと取る音がしてもすぐに切られた。

留守電にも入れたが、電話はかかってこなかった。


結局彼氏が帰って来たのは夜中の1時で、コンビニで買ったインスタント食品を渡されただけだった。

一応心配はしてくれていたが、あたしはそれより体がダルくてそれどころではなくて、作ってくれた春雨スープとおかゆを「まずい」と言って突っ返して眠っただけだった。


結婚式を無事終えて帰って来ると、あたしはすっかり元気になっていた。

向こうでおばあちゃんが看病してくれたのだ。


すぐさま彼氏を外に連れ出し、なるべく冷静に、今回のことを怒った。





「あたしと一緒に住んでるんやから、あんたは家族じゃないの?風邪ひいた時とか、倒れた時お互い支えあうのが家族じゃないの?」




って。

彼氏は自分は小さい頃から風邪を引いても、牡蠣で当たっても、家族に看病してもらったことは無いと言った。


あたしも、彼氏も家族というものをよく知らない人間だった。

だからどこか冷めてるのだ。


でも今回の彼氏の行動はあたしにとって、とても「知らない」では済まされなかった。

その時から、あたしはなんとなく彼氏と一線引き出したんだと思う。



その何ヶ月かあと、今度は彼氏が風邪を引いた。

あたしは無言で面倒をみた。

おかゆを作り、薬やヨーグルトなんかを買ってきて、氷まくらも作ってあげた。

彼氏は最初、





「俺はお前が風邪ひいた時なにもせんかったんやから、お前も何もしてくれなくていいんやで」





と言っていたが、風邪が治った頃には




「ありがとう」




と言った。












それから一年の月日がたっていた。

人間そう簡単には変われない。


あたしは彼氏に助けはあまり期待していなかった。


どうせ仕事が忙しいって言うんだから、とあきらめていた。




でもその時はすぐ電話がかかってきた。





「大丈夫か?今どこや!?」





彼氏は今和歌山に仕事できているそうだった。

でも今すぐこっちに帰ってきてくれると言った。


あたしは耳を疑った。

そして一年前の事件を気にしてそう言ってくれてるんじゃないかと思って、悪い気がしてきた。





「大丈夫。それならいいよ。頑張って帰るから。家帰って胃薬飲んだらたぶん治る」





と、言ってあたしは電話を切った。


その後なんとか電車を乗り継ぎ、体をひょこひょこ引きずらせながら家に帰った。


しかし胃の痛みは激しくなる一方で、寝ていられないぐらい痛くなった。

しまいにはじっとしてても痛くて、あたしは部屋の中でのた打ち回った。

胃薬は何度も飲んでみたが、すぐ吐いた。


あげくトイレの前でばったり倒れ、意識が朦朧としだした。


その時玄関のドアが開き、彼氏が会社の車のままマンションに帰ってきてくれて、あたしは倒れたまま彼氏にかつがれ、病院に連れていかれた。

この間あまり記憶が無いんだけど‥。








とにかく気づいたら病院のベットの上だった。

黄色い点滴で、ベットの上に繋ぎとめられていた。




「胃痙攣ですね。白血球の数値が異常に上がってますし、明日もう一度検査に来て下さい」




医者にそう言われた。





原因は、ストレス。





あたしの体はついに、拒否反応を起こしてしまったようだった。

Mのことだけじゃ無い。

彼氏のこと、Yのこと。

仕事も最近変わったばかりだし、気づかないうちにストレスを溜め込んでたのかもしれない。


あたしは子供の時からよく病院に通う子で、薬の匂いや点滴の落ちる音はどこか懐かしかった。

父親に虐待を受けた時、ベットで寝ていたら部屋のドアの当たりで立っていて、心配そうな顔で見ていた母親の顔。

いつもあたしは「入ってくればいいのに」って思ってたけど、たぶん母親は入れなかったのだ。



「ごめんね」



って顔をしてたから。

別に母がやったわけじゃないのに、いつもすまなさそうな顔で遠くから心配げにあたしを見ていた。


でもその視線があったから、あたしは安心して眠る事ができた。

「1人じゃないんだ」って思えたから。








顔を上げて枕元の後ろを振り返ると、なんといつも母親が立っていたポジションに、彼氏の姿があった。

彼氏はスーツ姿でドアの前でこっちを見ていた。


心配そうな顔。

そしてすまなさそうな顔。


その顔が母の顔とダブって見えてあたしは泣いた。

ダムが決壊したみたいに、両目からどんどん洪水のように涙が流れた。


看護婦さんがびっくりしてタオルを持ってきてくれたが、彼氏は最後まで病室に入っては来なかった。



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