こんにちは![]()
以前に私がダメ男とご縁を引き寄せた話を書いておりました。
なぜ私がそんなダメ男沼にハマったのか?
その理由、私のホロスコープに
ヒントがあるんですよ
まずは私のホロスコープで
大きな役割を果たしているのが、
月星座✕蟹座
月は蟹座にとって一番居心地が良い場所。
ルーラーシップになるので、
ここの性質がめちゃくちゃ濃く出るんです。
月=母親と読むと、
蟹座が得意とするコピー機能を使って、
母親を完コピしていたわけですよ。
祖父と夫という、たった二人の男性を
通して母親の中で創り上げられた
【男性とはこういうものである】という
価値観を私は見事に完コピし受け継ぎ、
さらに、
幼少期に祖父と父親の悪口を聞かされた結果、
【男性とはいかにダメなヤツ】なのかを
刷り込まれる形となって、
ダメ男選びのエリートとなった私。
さらにこの月星座✕蟹座は
【囚われのハウス】という意味もある12ハウスに位置していて、
コピーした母親の価値観に囚われ続けてた。
私達は親や周囲の人たちのしぐさや考え方、価値観を真似て
成長していきますが、
その真似る具合がこの月✕蟹座の影響で、
私の場合は恐ろしいほどにめちゃくちゃ強大。
そして、
愛情を示す金星が土星とオポジション
になっています。
愛情を意味する金星に
制限や抑制、試練を意味する土星が
180度の角度で繋がっている状態。
だから、ダメ男という形で
愛情に試練がやってきた。
土星を父親や祖父と読むと、
その2人が私の愛情に試練をもたらした、ということになる。
愛情を通して得られる幸せに足枷をつけるという状態に
なっていたんです。
そして、その金星は金星にとって居心地の悪いさそり座に
あります。
さそり座の感情を大事にする性質と
一途な精神が裏目に出て、
辛くて別れた方がいいのは頭では分かってるという理性を
好きという感情が上回り、
執着になって別れらずに、
ダメ男沼から抜け出せなかった。
これには、月星座の蟹座も絡んでいます。
蟹座もさそり座同様に、
感情や気持ちでの繋がりを大事にする星座。
気持ちや感情で繋がった相手のことはカニの甲羅の内側に
置いて、何があってもめちゃくちゃ大事にしたい。
そこも、
理性よりも自分の「好き」を突き通して別れられなかった
理由の一つなんです。
さらに金星は海王星とコンジャンクションで
隣同士でくっついている配置にもなっています。
依存や自己犠牲を意味する海王星が
金星にくっついているので、
自分の寂しさを紛らわすために恋愛に依存したり、
【私が我慢すればいい。
この人をどうにかしてあげないと。
この人を支えてあげられるのは私だけ。】
という変な自己犠牲的精神で
この星の配置が発揮されてました。
最後にてんびん座のオーバーロード。
太陽を含め4つの天体がてんびん座に位置し
オーバーロードになっている私。
その中に4つの中に火星も含まれます。
火星は好みの男性像を表すと言われているのですが、
この通りに私の好みの男性像を読むと、スマートで優しい男性。
ダメ男とは全く逆!
だけども、火星がてんびん座にあるとデトリメントという
火星にとって居心地の悪い場所になるため、
てんびん座のネガティブな性質である優柔不断を
体現するような、
付き合ってるんだか、別れてるんだかという曖昧な状況を
そのままにしてしまうような、別れる決断力のない
ダメ男とご縁が繋がってしまっていました。
でも、私も一人になるのが怖くて、
白黒付けるのが怖かったんですよね...
そして、てんびん座さんはバランスをとりたがります。
それが金星✕海王星で発動される同情心や
蟹座月の母親との関係性、
金星×土星の自分から幸せになることにブレーキをかけてしまう性質と合わさりあって、
「私だけ幸せになってはいけないのでは。
私だけが良き男性と付き合うとおかんがかわいそう。」
と母親の男運のなさとのバランスをとってしまっていた。
この5つの組み合わせが絡まりあって
ダメ男沼を歩んだ私。
奇跡的に夫君はダメ男ではないけど、
金星✕海王星のコンジャンクションの
同情心が発動されて、
「夫君、休みなくてかわいそう。」
とか
「お金大丈夫かな?」
と同情心が脳裏をかすめたり、
てんびん座のオーバーロードの発動で、
休みのない夫君に合わせて
休みたいのに休めない自分にして
無意識に夫君をダメ男に変身させるよう仕向けそうになる
時があります。
そのたびに、
そう思っていることに気づかせてもらったり、
自分に
「あ!またダメ男を作ろうとしてる」
と自分に言い聞かせております。
ホロスコープで自分のことを客観的に見て、知ること、
自分の現状と照らし合わせて
自分の星の配置がどのように出ているのかを知ること、
とても大事です。
若い頃に自分のホロスコープを
知って、自分を理解していたら、
ダメ男に振り回されない人生だったかもしれませんね。

