はじめに。
今回の東北地方太平洋沖地震にて亡くなられた方の
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
また、被災されて大変な思いをされている方に、
心よりお見舞い申し上げます。
14:46。
その時、私はりりたんとのんのんと一緒にいました。
りりたんの幼稚園へお迎えに行き、
お友達のおうちへ遊びに行く約束をしていたので、
急いで帰ってきた直後でした。。。
制帽を脱いで上着を脱ごうか・・・というタイミングでの大きな揺れ。
本当に、間一髪でエレベーターに閉じ込められなかったのが、
不幸中の幸い。
グラグラっと揺れ始め、『また地震だ。すぐおさまるかな~』と、
ちょっと待つも、どんどん揺れ始め、これはヤバい!!
と、テーブルの下へ。
大きい変形テーブルの我が家。
テーブルの太い足につかまるりりたんの手をつかみ、
その反対側からのんのんを前に抱え、テーブルの足に
しがみつき、揺れがおさまるのを必死に待ちました。
その間に、テレビボードの上に設置してあった、
大きいスピーカーが次々と落下。
その隣に立てかけてあった大きい鏡も、グラ~っと・・・
支えに行こうかと悩む間に、更に揺れが大きくなり、
あまりの恐怖に一瞬目をつぶった瞬間に倒れていました。
(幸いにも、ローテーブルにひっかかって、割れずに済みました)
ブックシェルフの上段にあったアルバム類も落下。
寝室で寝ていたネコも、クリアボックスのなだれに驚いたのか、
私たちがいる、テーブル下に大きく目を見開いて駆け込んできました。
(寝室も、クリアボックスがベッドの上に落下していました)
13階にある我が家は、耐震構造の為、想像以上に揺れました。
正直、『あ~これはダメかも、折れるかも。』と、覚悟した程でした。
揺れなければ折れてしまうという構造を、頭では理解していても、
本能的に恐怖が襲ってきました。
私が、この世の中で一番苦手としているものが、
よりにもよって『地震』。
最悪です。
りりたんの手前、余計な恐怖を与えてはいけないと、叫び声も出さず、
涙と震えをこらえてはいましたが、声はうわずり手も震えていました。
地震がおさまった直後に、主人の携帯と実家へTELするも・・・
当たり前だけど、全然つながらない!!
TVをつけると、震度7の地域もある上に、東京23区は
震度5強との報道に愕然。。。
しばらく主人の携帯にも、茨城の実家へもつながらずでしたが、
やっと実家(家電)につながり、母の無事を確認できました。
茨城県の方が震度6弱と、強い地震だったにもかかわらず、
りりたんとのんのんを心配してくれる母の声に、恐怖と安堵の
涙があふれてきました。
その後、父、偶然帰省していた姉、仕事中だった兄、近所の親戚と、
皆の無事も確認できました。
親戚の家は、壁にひびが入ったり、屋根の瓦が落ちてしまったりと、
少しの破損があるものの、実家を含め、家財は倒れたり割れたり
しただけで、大きな被害がなくて一安心しました。
その少し後、主人からも家電に連絡があり、主人の無事も確認。
会社の状況を見て、なるべく早く帰るとのことでした。
我が家の他の被害は、リビングクローゼットの中に設置していた
棚が倒れており、棚の横板が割れて傾き、ネジが出ていました。
幸い、扉にひっかかって外までは出てこなかったのですが、
本等が収納されていた棚なので、とりあえず手がつけられません。
もう1つの部屋は、元々荷物置き場と化していたので、
なお更ひどい惨状。
あらゆる荷物がなだれをおこし、足の踏み場もなく・・・
まだ余震があるかもしれないため、片付けもせず、
そのまま放置状態。
地震直後からエレベーターは停止。
余震がおこる中、ベランダから下を見ると、大勢の方が外へ出ていました。
下へ行こうにも、エレベーターが動いていない中、子ども2人+荷物を
抱えて一か八かで外へ出るわけにも行かず、とりあえず、おにぎりや
パン、飲み物、薄手の毛布やオムツなどをかばんにまとめて、余震を
しのぎました。
その間にも、テレビ内で広がる被害に目をみはり、
余震の恐怖にも、手が震えてとまりませんでした。
その後、帰宅OKとなった主人ですが、もちろん電車は運休。
代わりの交通機関もほとんど機能しない状態となった都内で、
歩く覚悟を決めた矢先に、偶然社用車を利用する予定になって
いた方に途中まで乗せてもらえたそうです。
が、問題はその先。
主人から電話がきて、銀座まで車で迎えに来れないか?とのこと。
・・・私が脱ペーパーしたのは、ほんの数ヶ月前。
しかも、銀座まで運転したこともありません。
何よりも、余震・渋滞覚悟の中、子ども達2人を連れて行く事が
一番の不安。
りりたんはともかく、のんのんは、じっとチャイルドシートに
座っているなんて到底無理で、泣き叫ぶこと必至。。。
しばらく悩みましたが、地図を見てなんとか!!と、拝み倒されて、
迎えに行きました。
結果として、りりたんものんのんも寝てくれたので運転に集中でき、
渋滞が幸いして、地図を確認しながら運転できたので、裏道を探しながら
銀座へたどり着き、無事に家に帰りついたので良しとしますが・・・
機械式駐車場が動くかどうかも分からない中、エルゴで
のんのんを抱っこし、荷物いっぱいのかばんを持ち、
りりたんと手をつなぎ、13階から非常階段を使って下におりました。
幸い機械式駐車場も、入り口のゲートも稼動したので、
無事に出庫できましたが、通常なら20分~30分の距離である
銀座なのに、3時間近くかかって到着しました。
しかも、銀座に着く直前に、地下鉄復旧の案内が・・・。
しかもしかも、帰りも2時間近くかかってしまい、地下鉄を待っていた方が
早かったような。。。
う~ん、地震の恐怖が癒える間もなく、余震に怯えながら、
眠くてしょうがない子ども達を連れて迎えに行って良かった
のかどうか。。。(;´Д`)ノ
歩いて帰宅された方も大勢いたし、銀座からならどうしても
歩けない距離ではなかったのだから、正直もうちょっとこちらの状況
を考えて欲しかったです。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
地震の翌日・翌々日は、余震に注意しつつも、特に変った生活は
していませんでしたが、スーパー等に買い物に行って、ビックリ!!
被害としては小さいはずの23区ですが、日曜日に買い物へ行ったら、
ミネラルウォーターやパン、お米、保存食品、箱ティッシュ、レトルト、
トイレットペーパー、オムツ、お尻拭き等の乳幼児消耗品が軒並み
売り切れでした。。。(オムツは、特にSMLサイズ)
ちょうど週末にオムツを買い足そうと思っていたのですが、
パンツタイプのLサイズはモチロンのごとく売り切れだったので、
かろうじて残っていたテープタイプを1パック購入しました。
う~ん。。。
毎日、ちょっと多めにご飯を炊いて冷凍したり、おにぎりを
常備したりはしているけれど、ここまでパニック状態になるほど
なのかはちょっと疑問。。。
もちろん、備えあれば・・・の気持ちなのでしょうが、パンは日持ち
しないし、お米やカップラーメンだってライフラインが途絶えたら
食べられないし、とりあえず断水も停電もおこっていないので、
ご飯も炊けるし、お料理も普通にできる状態で、この買占めはちょっと・・・
(日曜日に買ったオムツがなくなったら、うちも大変ですが(((( ;°Д°)))))
幼稚園は月曜日から自由登園です。
子どもと離れるのが心配なママは、そのまま幼稚園に残っても
良いという措置です。
うちは、普通に登園させました。
少なくとも、幼稚園は2階建ての鉄筋だし、ものすごく揺れる
自宅よりは安全かと(苦笑)
先生たちのことも信頼しているので、何かあっても絶対に園児を
守ってくれるだろうし。
きっとお友達と普通に過ごす方が、りりたんも楽しいだろうし、
卒園式が木曜日にあるので、年長さんと会える少ない日々を
大切にして欲しいとも思い登園させました。
その間に、私は買い物に。
(パンやレトルトカレー(アンパンマンカレー)等の、日常的に
買うものでしがた、購入制限がついていました∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
そして、ガソリンスタンドには長蛇の列。
近所のスタンドには、毎日ガソリンが届いているようで安心
していますが、それでも給油量の制限もかかっており、大変でした。
テレビでは、原発事故報道や3日以内の大地震の予報などが
盛んにやっており、まだまだ心配は尽きませんが・・・
りりたんとのんのんの笑顔に助けられています。
本当に、本当に、2人が無事で良かった!!!!!