私達は、動き出した船の中で、なすすべも無かった。
次で降りるしかないという結論しかなく、次は絶対に乗り過ごさないような待機していたのだった。
次の港でおり、友人宅に連絡を取ったと思う。
当時は、携帯電話なんてまだ無かった時代、公衆電話でだったろう。
降りた港から、タクシーバスに来てもらって何とか友人宅に伺えたのだった。
次の港が陸続きだからよかった。港生活の無い私達には、そんなことも思いもよらなかった。

約15年経った今も、その思い出は語られ、ある意味、私達の伝説になっている。