前回の続きです。
就職活動の時期になり、それからのビジョンがないことに焦ります。
「自分は何を天職として生きていけばいいのか、自分は社会にどう貢献していけばいいのか」
を真剣に考えるようになりましたが、特に答えは出ませんでした。
とりあえず好きなことをすれば、一生懸命働けるから役立てるだろうと考え、アパレルや宝飾品メーカーに応募。
大学卒業後、ご縁のあった大手アパレルメーカーに入社し販売員の仕事を始めました。
配属先は二子玉川の百貨店。小さいお店でしたが上司やお客様にも恵まれました。
おそらくその仕事が割と向いていたのと運もあり、店で一番お買い上げ頂く顧客様の担当になったり、同期で初めに昇進するなどそれなりに結果も出しながら楽しく働いていました。
しかし、次第に大都会での生活が苦しく感じてきた田舎者の私。
「道で鼻歌を歌いながら歩けないほど人が密集しすぎている!タクシーで過ごすプライベートタイムはなんて快適なんだ!」
と大都会で過ごす中で溜まっていくストレスに気づき始めます。
そんな中起こったのが、2011年の東日本大震災。
緊急時、大切な人にすぐに会えない不便さ、そんな自分の状況を痛感し
「自分にとって本当に大切なものはそんなに多くない。これからは自分にとって本当に大切なものを大切にして生きていこう」と決意しました。
そして次の年、大学生から付き合っていた今の夫と結婚。
結婚後、会社員を早く辞めて自分のペースで仕事をしたいという気持ちがますます強くなりました。
そこで出会ったのがネイル。ホームサロンを開業しようとスクールに行き学び始めます。
そして結婚した次の年、私たちは二人とも仕事を辞め札幌へ移住することを決意しました。
これからの自分達の人生で大切にしたいものを大切にするには、東京から出る必要があると意見が一致したからです。
つづく。