天使のLove Letter

天使のLove Letter

今ある大切な命 感謝です
神様 仏様 ご先祖様 皆様のおかげです
この世に生まれて 明日があった若い頃
明日がないかもしれない 歳を重ねた今
思い返すと色々ありました
今の歳だから言えることがあります
心自由に 生き生きと楽しく
人生観を綴ります

 

 

 彼の手紙には熊本に帰り電話で話すことのもどかしさ・・・自分はあせりすぎていると・・・

そんな自分が悲しくなる・・・

電話の声を聴くと何故か・・・ああも可愛らしく君の声が聞こえるのです・・・まだ快く耳に残っています・・・

と書いてありました。離れていてもしっかりと私の手を握っている彼が好きでした。

そんな私に事もあろうに、会社で一人の男の人が恥ずかしそうに突然!真珠の指輪を渡したのです👀

まさかー何これ?なぜ私に?お付き合いもしていないのに噓でしょ~誰かと間違っているのでは~?

勿論ハッキリ私はこれは頂けませんと断り!ビックリして直ぐに返しました。何を考えてるの?男性心理

わかりません。

 

結婚はきっかけと勢いとタイミングだと言いますが?男性にとって結婚したいと思う年頃があるのでしょうか?人生経験のある女の先生がおっしゃっていました。

男性にとって結婚したいと思う年齢は就職して社会人となり自立した時で、一人前の男として家庭を持ちおちつて社会に認めてもらいたいと思う頃です。その頃に周りにいる女性と結婚する事が多いので統計的に職場恋愛結婚する確率が高いと・・・だから就職先を、そこを考えて決めなさいと・・・経済的にも安定していて賢い男の人が多い一部上場企業に就職するのがいいとおっしゃっていましたが・・・私はそんなことはない女は結婚だけが人生ではない、お金や地位や外見がみちたりてるからといって幸せとは、かぎらない豊かさの象徴は「物」ではなく「心」の豊かな生き方と一緒になった幸福感のように思うのですが・・・現実は、そう考えると確かに私の周りは22歳~30歳位の独身が多く男性にとって結婚したいと思う適齢期の中におバカな私が1人・・・会社の配置ミスです。

私もあと5年くらいしてからここで良かったのです。まだまだ恋愛だけでいい年齢だったのです。

 

 

私に指輪を渡そうとした人がいると・・・知った彼が何を思ったのか直ぐ速達で荷物が届きました。開けると何👀!ビックリ!です。指輪を送ってきました。

小さなオレンジ色のメキシコオパールに両横に小さな小さなダイヤが付いてる指輪でしたが・・・はめると

プカプカで親指にはまる位の大きいサイズです。その頃の私の指のサイズは7・5なのに11サイズなのです。普通はサイズきくでしょう!彼は、妹の指のサイズに合わせたと書いてありましたが・・・彼らしいと

笑ってしまいました。彼から頂いたのでぶかぶかでもとても嬉しく思いましたが・・・本当は指輪なんてどうでもいいのです。お金や品物ではないのです。心です。毛糸だろうと針金だろうといいのです。

男の人は摩訶不思議ですね・・・想い出のファッションリングにしても普通2人で選ぶでしょう!世代が違うのかな~それに私の誕生石はルビーの指輪なのにと思いました。

結婚だけが人生ではありません。ラブラブなのは現実、数年でしょう段々と魔法が溶けてゆくのです。

恋の魔法にかかり女王様でいられるのはいつまででしょうか?ず~っと続くといいのですがそうはいかないと思います。自分で自分の人生をつくる・旅の途中を楽しめないなら目的地に着いても楽しいとは思えないでしょう!感謝して好奇心をもってミハーで心若々しく分相応に人生をおもしろおかしく生き楽しむです。

 

また、その頃会社で寿退社の先輩と私の事が噂になっておりました。その先輩は大手銀行員と結婚してニューヨーク支店に一緒に行くそうです。そして、若い私が九州の田舎であの男だと・・・皆さん反対だろうと思ったそうです。そんな噂が流れておりました。

彼が会社で私と結婚すると周りに言っていましたのでそれがかえって大変なことになっておりました。

 

青井神社蓮池

 羽田空港で故郷に飛び立った飛行機を見送り、もしかしたら彼とは、これで赤い糸が切れるかもと思いました。若かったのでしょうね!彼が九州に帰ってからは、今度は逆に周りから私が説得される日々でした。

彼は故郷から直ぐに電話をかけてくれましたが・・・

その頃は携帯電話もない時代で寮の食堂に呼び出しダイヤル電話が1台あるだけでした。

若い女性寮の皆さんでの共有でしたから、かかってくる電話が多く・なかなかつながらなかったのです。

彼は何度も繰り返しかけても話し中で、やっと通じると私の声を聴いた時は、溜息をついていました。

やっと通じても周りに気を使って長くは話せず要件だけで言いたいことも言えずの電話でした。

私が公衆電話ボックスからかける時は、10円玉を沢山持って10円玉を入れながら話しましたが長くは話せませんでした。それでも声を聞くだけでも嬉しかったですね!

彼はもどかしかったようです。

彼の家に初めて電話した時の事です。電話に出たのはお母様のようでした。それが・・・

その声が何故か私には冷たい感じが致しましたので、彼に「お母様は反対ではないのですか?」と聞きますと、彼は「違う!そんなことはない!」と強く言いましたが・・・

私は一人息子の彼が誰よりも可愛いはず・どんな女の人でも息子をとられたようで・・腹が立つでしょうね!まして北海道の女性なんて・・・賛成するはずもないと感じました。

私の父だって多分どんな男だろうと最初は気に入らないだろうなーと思っておりましたので・・・

わかるなー・親の気持ち・・・

 

 それから会社に詳しい先輩の彼は、会社の電話交換手の優しいお姉さまと親しかったようでナイショで頼んだのでしょうね、3時過ぎに私のデスクの内線電話にかけてきました。いつも内線電話でお優しい交換手のお姉様が小さな声で「彼氏からよ!」とそっとつないでくれていました。

私達にとっては嬉しくていつも感謝致しておりました。

私は周りに気づかれないようにお客様と話してるふりをしておりました。会社で彼の声を聴けるのが嬉しくて元気に明るくなっておりました。

帰りには公衆電話ボックスでやっと周りを気にせず話しができ・・・お互い溜息をついていました。

長くは話せませんでしたが、声だけでもとても嬉しかったのです。

2度目に彼の家に電話をかけますとビックリです。何があったの~どうしたの~というように・・・お母様が

優しく丁寧に暖かく電話に対応していただきました。きっと彼が何か言ったのだと感じました。

一人息子が可愛いかったのだと思います。息子を失恋させたくないという思いもあったのでしょうか・・・

息子の思いをくんでまさかの北海道の私を受け入れたのでしょう・・・嬉しかったです。

 

肥後椿

彼からのお手紙はごく普通縦長・白い便箋封筒で開けるとあの懐かしい見慣れた丸っこい下手な文字で

した。こんな便箋封筒は親の世代で、私の世代は可愛い素敵な便箋封筒があたりまえでしたので・・・

あーやっぱり世代と年の差を感じましたが・・・お手紙を読むと懐かしくとても心がこもって暖かかったのです文がとても上手でした。彼は、理系より文系の人だわーと感じました。

これで便箋封筒・文字が良かったら完璧なのに…彼らしい~と少しだけ笑ってしまいました。       お手紙には👀飛行機の窓からデッキの君を見ていると初めて会社で君と会った事・一緒に仕事をした事・僕とデートしてくださいと頼んだ事・19歳の君の誕生日初めて河口湖ドライブでゆっくりと話して自分には君が必要と確信した事・代理に見られた事・そして、8月12日に僕と一緒に九州に行かないかと言った事・アパートの事・毎日会ってた事等々がこみあげてきて忘れられなく君を1人残して帰りたくなったと・・・君と絶対に結婚すると強く思ったそうです。

そして僕にとって恋愛は一生に一度のものでしたと・・・それは最高に人生を感じさせ又夢中にさせるものでしたと・・・君のことだけに夢中になって冷静さを失っている自分に気づいた時僕は自分が嬉しくなります。離れているのは、待つ事は僕にとって苦しみ以外の何ものでもありません。嫌だと言っても強引にでも連れて来られないのが、それが出来ないのが残念だった。👀と・・・彼は、心が大きく強い人だな・・・その強いおしが私の心にジ~ンと響きました。

              まだ運命の赤い糸はつながっていたのですね!

 

 

羽田空港

 

 

 彼は、好きな2人が分かれているのは良くないと親の病気とか、どうしょうもない事があるのなら何年で 

 も俺は待つが、そんなこともないのだから早い遅いは関係ない結婚するべきだと、それに向かって努力 

 すべきだ、会社は新しい人を入れれば良いが、自分には私しかいないと・・・

 悲しそうな顔をするのです。

 私は最短でも20歳になってからです。今19歳です。貴方も法学部だから知っていると思いますが

 日本の法律では20歳の成人にならなければ自分の意志で結婚出来ません。

 今、私は未成年です。両親は恋愛結婚でしたので子供の頃から好きな人が出来たら反対はしないと

 姉も順番は気にせず姉よりも早く結婚していいと言っていましたが、私は未成年です。結婚には親の

 承諾が必要です。私の両親は20歳になるまでは承諾しないでしょう。

 20歳過ぎたら親の反対があっても私の意志で結婚出来ます。

 それと(飛ぶ鳥跡を濁さず)で会社を辞めたいと言いました。せめて1年は働き後輩に教えてバトンを渡 

 し会社に迷惑をかけたくないと、貴方と出会え、私の横ワンツーマンで教えて頂いた2人を結び付けた

 楽しい思い出の当座預金係と雇ってくれた会社に感謝して安心して貴方の所へ飛び立ちたいと言いま

 した。

 彼は、わかった私が20歳になるまで待つ!20歳になったら結婚しょうと言いました。

 

 

 

 東京と熊本の遠距離恋愛になりました。

 彼は、1週間に1回は手紙を出す・3日に1度は電話する・2ヶ月に1度東京に会いに来ると言いました。

 今でしたら携帯電話もラインもテレビ電話も無料で時間も気にせずに話せますが。当時は高いダイヤ 

 ル式電話の時代でした。

 そして本店営業部の同期同僚の友に後の事を頼んで行くと彼の下宿へ一緒に行かないか?

 と聞きましたので、勿論行きます。成人男性2人目の住まい楽しみ~、またゴミ屋敷一歩手前かしら?

 2人で訪ねました。すると畳の部屋でとても綺麗いでしたので👀綺麗ですね!言うと・・・彼がいつもは

 汚いのだ前もって言っておいたから片付けていたのだろう、いつもは布団も敷きっぱなしで冬は酒を飲 

 んで寝てると夜トイレに行くのが面倒な時には、一升瓶にするんだ~俺はしないけどとか言うのです。

 ま!まさかー、本当ですかー、尿瓶ならわかりますが、できるんですか?男はいいですねと言いますと

 その方顔が真っ赤になっておりました。あ!しまった…思いましたが笑ってごまかしました。

 2人で仲良く手をつなぎながら下宿を後にしました。彼が熊本に帰る前の華やぐ東京の街をいつまでも

 歩き寮まで送ってもらいました・・・

 私は心の中で仕事も楽しくて、帰りに彼のアパートに寄って寮まで送ってもらう・今のままでいいと・・・

 ず~っ とこのまま2人で東京に居たいと思っておりました・・・

 次の日営業部でその方の顔を見ると名前より先に何故か?一升瓶が浮かんできました。 

 

渋谷

 

 それから彼が古い壊れた思い出のテレビと汚い小さな扇風機をくれました。小さなテレビは壊れて汚い  

 と直ぐに処分させられましたが小さい扇風機は洗うとピカピカの新品同様になりました。彼らしい~

 と思います・・・仕事をしなくて彼がいつも横にいて好きなテニスと絵が描ける北海道にも夏1ヶ月と

 お正月2人で行けるのか・・・心が動きました。それと「俺を逃したら後悔するぞ~」「もういないぞー」

 と言われて、この人でいいと・・・あとは運命です・・・

 貧乏で・面白くて・おバカな先輩を九州にかえしたくなかった。羽田で飛行機が飛び立つところをデッキ

 で見送るときに座席の窓を一生懸命叩く彼がおりました。

 それを見て涙がこぼれました。

 これで良かったのかな~ 一緒にいこうと思えば行けたのに~でも出来なかった。

 多分現実は、これで私の恋は終わったのかもしれない・・・最悪の事を考え覚悟致しました。

 彼がなんと言っても北海道と熊本で親が許すのは難しいと思いました。それが現実だろうと思うと

 泣きました。一緒に行った会社の一升瓶先輩が「これが一生の別れじゃないのだから」と一生懸命

 慰めていただき寮まで送ってくれましたが・・・

 辛かったですね・・・でも人生二度あればと書いて亡くなった文徳君の事を考えると私は生きている

 このくらいで負けないわーと思うのでした。

 これから横で笑わせてくれる彼がいないと思うと・・・走馬灯のように初めて出会った時からず~っと

 一緒でした彼との・・・想い出が多すぎて・・・

 

 

 

 

 

 

 

  たまたま好きになった人が九州の男性だった…だけなのでしょうか?

 なんで九州なのと思いました。

 私は北海道…暑さに弱いのです。それにアレルギー体質で・・・東京に来てまだたった5か月なのに~

 彼に突然プロポーズされた時は、保留にして考えますと言いましたが、説得されて段々と結婚してもい  

 いかな~と思うようになり…初めは、私が28歳になって先輩以上の人がいなかったら結婚してあげる! 

 から始まりました。すると、彼は「28歳まで待つ必要はない、もう俺以上の男は現れないから安心して結 

 婚しょう!」と自信満々に言い切りました。ーあぜんと致しました。

 「貴方も私でいいの?もっと素敵な女の人が現れたらどうするの~後悔するわよー」と言うと・・・

 「俺はこれと決めたら迷わないのだー」と言いました。「私は迷う~」と言ったのですが・・・

 

 

 

 

  周りからはさんざん言われておりました。おバカな私なのに旬だったからでしょうか?マドンナ的だ 

  と・・・言ってくれた方もおりました。まさかーあんな男と~不釣り合いだーその若さでもったいない

  俺の方がまだましだーと直接アタックして下さった方が何人かいらっしゃいました。信じられない・・・

  早くふってしまえと言われておりました。また、内線電話で叔母様先輩が、Sさんが夢にまで見ると

  言ってた!早く断りなさいと・・・でないと可哀そうと・・・

  ハッキリ断ることの出来た私が・・・なんと優柔不断に断らなくてはと思っていても楽しくてついのびの  

  びで・・・好きになっていたのです。

  彼とはもうすぐ離ればなれになるので、そんなこと言えませんでした。

  なるようになるさ・ケセラセラで、一番大切な結婚相手を決断できませんでした。それが恋なのか愛な

  のかわからないまま・・・彼の事が段々と好きになってゆきました。

  浅草寮でも同じ熊本県の方が方言で話しているのは、全く何を言っているのかわかりませんでしたし

  言葉もわからない上に九州は男尊女卑のイメージが強く男を重んじ女を見下す態度や思想だとも

  言われておりました。

 

 

  それと私が小さい頃から父は、子供が「ただいまー」と帰って来ると「お帰りなさい!」と言えるような

  共働きではなくて専業主婦で、男が働いて妻子を養うのがあたりまえ、女は家計と子育てで女を働

  かす甲斐性のない男は駄目だ!男は経済力があって精神的に余裕がある頼りになる誠実な甲斐性  

  のある男を選べと言われておりましたので、私は共働きをさせる人とは結婚しませんとハッキリと彼に 

  言いました。彼は、共働きはさせない俺も自分や子供が帰って来る時に「お帰りなさい!」と言ってく  

  れる家庭をつくりたいと言いました。

  今の時代にそんなことはないと思っていますが、周りの方々が九州の田舎の男は我儘で亭主関白・

  テレビ番組おしんなどのように洗濯物を干す場所も男と女は違い食事も女は台所で食べてお金も自  

  由にならず親に逆らえず男は遊んで、女は自由に思ったことも言えず子育て家事・介護等々尽くし 

  たり貢いだりで散々だという方がおります。それと近くに姑・しゅうとめ・小姑などいる長男の嫁は

  ただ働きの下女みたいなものプライドも見栄もみんな捨てて我慢我慢の地獄のようなものー

  その若さで・・・と周りは言うのです。まさかーそんなことはないですよねーと聞くと?

  彼は、俺の家は父より母が強い、どちらかと言えば女尊男卑だから安心していいと・・・お風呂も

  男が最後に入ると・・・

  それから熊本は水俣病や日本脳炎などもありました。私は蚊に刺されるとすご~く腫れてアレルギー  

  なのです。九州の暑さもですし、友達も親戚も誰も頼る人がいなくて北海道まで遠くて帰れないかもと 

  思うと不安だらけでした。 

 

  

 

 

  すると、彼は大丈夫だと、網戸とクーラーがあるからと言います。それに俺の家は標準語だから大丈 

  夫とのことです。

  ルームメイトの友は熊本市内でしたので、彼の住んでる町を聞くと・・・あんな田舎に行く気・・・と!

  若くてピチピチ引く手あまたの貴女が・・・よりにもよって・・・と、親戚・友達・誰も知っている人もいない

  そんな所、無理よーと・・・

  確かに現実的には私には無理かもと思いました。

 

  彼に釣った魚にエサはくれる~っと聞きましたら、俺は給料は封を切らずに渡す俺はおまえのくれる

  こずかいでいいと・・・私が彼のそばにいるだけでいいと・・・

  男は始めはそんなことを言い最初は餌をやるが、そのうちやらないのではなく、餌をやりたくなくなる

  そうです。ラブラブなのも3年ぐらいで長くて5年もてばいいほう一生もつ男はなかなかいないから

  結婚する時、神に誓うと聞きました。そんなバカな! 男は釣り上げる前はいいように、こうゆうこと

  言うのですと・・・

  そうなのかな~九州から北海道へはなかなか帰れないし、アウェイに一人か・・・無理です。

  すると彼が夏は1ヶ月北海道へ帰っていい、二人の姉もそうしているから、秋には栗や柿を送り

  お正月には2人で北海道へ行こう北海道の両親にできるだけのことは2人でしょうと、年の順から言う  

  と親は子供より先に亡くなる。その後1人でいるより、子供が幸せでいることが一番親が喜ぶことだ!

  俺は絶対幸せにする♡だから結婚しょう。なるほどと思いました。

  会社は何年も年をとっても責任を持たない今は、いいが毎年若い子が入り直ぐにお局様になると

  寂しいぞー!俺は一生責任を持つ!俺と結婚して田舎で子供と楽しい明るい家庭の方がいいだろう  

  ー!早く結婚したら40過ぎには自由になれて好きなことができるぞ~とか!結婚したら働かなくてい  

  いし好きな絵を描いてテニスをして習い事して暮らせるぞ~網戸もあるクーラーもある大丈夫と言うの 

  です説得力がある言葉でした。やっぱりこの人と結婚しょうと思うのです。

 

   

 

  でも次の日になると、私は騙されないぞ~と思いました。そんなバカではないと・・・

  文徳君の分も輝いて生きてゆこうと思っておりました。神様・仏様・ご先祖様・両親・友・皆さんの

  おかげで今の私があるのだからここは、良く考えなければと・・・

 

  そこで男の言う言葉には責任と義務がある噓じゃないですよねーと2度も念を押して彼に聞きました。

  彼は、噓は言わないと言いました。うそ~それが嘘よね~とも思いましたが、おバカな私はそれを

  信じました。

  もし噓だったら一生騙されたと言っていいそうです。彼は、好きで結婚するよりも女は好かれて結婚

  した方がいいんだ!一生結婚してあげたと言えるから、おまえはそれが言えるんだぞ~っと、いいこ

  とを教えてくれました。

  ほんとにいいの?と聞くと?いいと!俺はそういう男なんだと言うのです。

  さすがー九州男児カッコイイ!おバカな私は信じよう♡やっぱりこの人と結婚しょうかな~と揺れる思 

  いでした・・・

 

 

 

 

 

 

 それからは仕事が終わると私が彼のアパートを訪ねる毎日でした。

彼は、毎日私の好きな雪印フルーツヨーグルトを1つ買って待っていてくれました。

そして私に「俺は男妾になったみたいだ!」とか言っておりましたが・・・そんなこと私は聞き流して彼に

次から次へと歌いながらギター演奏してもらっておりました。

私は彼の声が好きでした。思い返すと・・・入社してすぐ仕事中に1度・・・泣きそうになった事があったのです。その時我慢してチョット失礼いたしますと言って走ってトイレの個室に駆け込み1人で泣いていましたら(1階営業部のトイレは広い男女兼用トイレでした。)あわてて1人男の人が入ってきたようでした。

そして、歌を1曲歌って出てゆきました。優しい声で♪・・・一人ぼっちの部屋で・・・そっとそっとおやすみなさい~そっとそっとおやすみなさい♪と・・・私はその声に癒されて・・・涙を拭いて凛として仕事に戻った事がありました。やっぱり・・・あの時の歌この声は・・・彼だったと思いました。

仕事が遅くなった時は、ヨーグルトを食べて直ぐ浅草寮に送ってもらうだけでした。

彼は、私が寮に入る時は1度も振り向いてくれなかったといいました。振り向いてくれるかと、ず~っと

いつも見ていたのに、サッサと中に入って行ったとか言うのです。あのゴミ屋敷一歩手前で無神経そうなのに・・・何だかロマンチックな事を言うものだと・・・女心も難しいらしいですが、男心も難しいと感じ・・・また、面白いとも思いました。

 

 

 それが不思議なのです彼と私は音楽の好みがピッタリでした。

私は小学生留萌時代・休みの日は1人で良く祖父母宅へ泊まりに行ってました。(年の離れた母の妹)おばちゃまの部屋で山のようにあるレコードを自由に好きなだけ聴くのが楽しみでした。小学生なのに60年代ポピュラーやベンチャーズ等々が好きで同じ年の友とはあまり音楽の好みが合わなかったのですが年上の彼とはピッタリなのです!私の好きな曲をリクエストすると、全部ギターを弾いて歌ってくれました。

  ♪スタンドバイミー ・ ミスターベースマン ・ ミスターポストマン ・ カリフォルニアの青い空 ・

 恋の片道切符 ・ アンチェインドメロディー ・ 悲しき雨音 etc・・・

    カレッジポップスで彼がよく歌っていたのは  (♪君のおもかげ )    ザ・リガニーズ

          ♪ 君の髪の甘いかおりを     おぼえてる

             ほほをよせた髪だから     わすれたくない

          ♪  君のひとみのかわいいまつげが    ぬれていた

             なぜかいとしい君のこと    抱きしめたかった

          ♪  笑顔のはしから    こぼれた涙が

             とてもきれいに     光ってた

          ♪  そっと甘えていてほしかった    君だから

             あのおもかげは   いつまでも忘れたくない

   彼は、最後まで歌わずにいつもここでやめておりました。

           他には・・・         ( ♪海は恋している )    ザ・リガニーズ 

          ♪ ・・・君はきれいな海の恋人

                           やさしく抱かれて夢をごらんよ・・・♪

  私を見つめながら(♪空に星があるように) ・(♪あなたのすべてを) などの曲を良く歌っておりまし  

  た。

 

 

 

  特に吉田拓郎さんの曲が上手に思いました。

        (♪ ふるさと )  吉田拓郎

    ♪ 親父を愛し、  おふくろを愛し、  兄貴を姉貴を愛し、そして、自分を愛して・・・♪の

 自分を愛してのところをおまえを愛してに変えて歌い

    ♪ ふるさとが好き  生まれたとこが好き 育ててくれた町が好き  そして、おまえが好きさ~♪

  と歌うのです。

         (♪マーク 2 )           吉田拓郎

     ♪ さよならが言えないで どこまでも歩いたね

        街あかりさえ消えて 足音が淋しいよ

        わかってくれる だだ一人の君を

        はなしたくないのに  冷たいこの世界

 

     ♪  みつめたら泣いていた   いとおしい君だった

        悲しみをこらえてる  傷ついた若い恋

         また会う時は大人になっているだろう

        別れたくないのに  冷たいこの世界

 

     ♪  年老いた男が 川面を見つめて

          時の流れを知る日が来るだろうか

        ・・・♪と私に訴えるように歌うと

  マーク2の詩で、わかってくれるただ一人の君をはなしたくないのに冷たいこの世界、年老いた男が川面を見つめて時の・・・♪ と聴いていると やっぱりこの人と結婚しょうと思うのです。

でも・・・寮に帰ると早すぎると思い直す毎日です。

   彼は、「俺は 蛇の生殺しにあっているようだ」と私に言いましたが、私は蛇の生殺しってなあに!

私は優しいですよ!と言うと、先輩ため息をついていました。

二人共若かったです。毎日あの汚い部屋に行けたのは女で私ぐらいでしょうね、流石・北海道開拓者三代目だわ~と思い…変な二人だったでしょうね!2人でいると・・笑って楽しく、あっという間に時間が過ぎ

彼は、8月末に会社を辞めてすぐには、熊本に帰らず1ヶ月のばしました。9月末にしたと私に言いました。多分お金の続く限り東京にいたかったのでしょうね。感謝です。私19歳 彼25歳 の夏でした。