こんにちは

だらだらニートさおりです

 

 

 

私は、以前<災害に関する研究職>をしていましたw

がちの理系ですwww

大学がもともとまちづくりや災害に関することをメインにした学部だったので、

地震をメインにした災害被害について、リスクマネジメントなどを行う研究や

それに関する、プロボノやボランティア活動を行っていたんですね。

 

 

特に、3.11の後にそういう思いが強くなって、

色んな所でまちづくりや、災害に関するWSを行ったりしていました。

女性向けの災害対策のWSとかね。

 

 

東北の被災地の人の所を回ったり、

文献を読んだり、

ディスカッションしたりしました。

 

多くの人が傷ついている。

災害対策はもっとしないといけない…

 

と、常に考える一方で自分の中での違和感を拭えませんでした。

 

 

被災した人の話を聞くと、

 

 

あのときにもっと●●していたら…

もっと愛していると伝えたかった…

事前にもっと●●を準備していれば…

もっと●●のことを亡くなった○○にさせておけば良かった…

 

 

と、多くの人の話を聞いて<後悔><罪悪感>が本当に多かった。

 

 

私は家族や友達を震災で亡くしてはいないし、

その人達の心のきつさとか、辛さとかはわかりません。

計り知れないものがあると思う。

 

 

だけど、東京で被災して、3.11で渋谷から3時間かけて家まで歩いて、

弟の顔を見たときに涙が出るぐらい安心したのは覚えている。

そのあとのラーメンがおいしかった事。

テレビの音と警報が怖くて眠れなかった事を覚えている。

後悔と、不安と恐れが取り巻く中仕事をしていた。

 

そして、あの3.11の後に私は退職をしました。

<もっと社会貢献とかしたい!!>って。

 

研究所で地震の研究の手伝いをしながら、

プロボノやりながら、

ずっとずっと自問自答して考えていました

 

 

無事に安心して生きる事が本当に必要なのか?

そもそも生きているってなんなのか?

被災地に行くたびに、なぜか明るい色の洋服はNGで、

言葉を選ばないと行けないのはなぜなのか?

◀︎明るい色着ていったら怒られたからw

 

 

あるとき突然来たんですよw

答えがw

 

 

あ、違うわwwwww

 

 

って。

 

 

私は、将来の安心のために投資をすること、

そのために常に警戒する事、は苦手だったんです。

毎日が常に恐怖だったから。

どこでどうやって生活をするにしても、シミュレーションしちゃうんですよ。

※これ、大学の授業でやったんですよ。

普段の生活圏内から最悪の状況を考えて、その状況をサバイバルするという

ことを100パターンぐらい考えるという…

もう、そっからトラウマwww

地下鉄乗れないし、ピンヒール履けないし、スカート履けないし、

常に非常食と懐中電灯持ち歩く生活w

 

いや、違うわたし・・・!

今を生きていたい!!!!!

 

 

って心から叫んだ瞬間でした。

 

自然の力って圧倒的なんです。

そして、常に必然で、常に人智を越えてくる。

きっと、何かが起こった際は私たちの想像を何倍にも越えて現れてくる。

自然の力に降伏したんです。わたし。

自然の力に寄り添っていこうと本気で思ったんですよ。

 

そこから、またなぜか社畜になったんですけどねwww

楽しそうな会社で働いて、毎日充実させよう!って思って、

なぜかごりごり営業会社につとめていましたとさw

楽しかったけどねw

 

 

日常とは多くの選択の上で成り立つ物です。

常に<正しい>選択をするのではなく、

自分の<感覚>を信頼できる人生でいたい。

 

 

どちらかが正しいとかではなくて、

これは単なる好みだと思ってます。

 

 

思いを持ってまちづくりをしている人たちには頭が下がります。

毎日水道や電気を直してくれる人、

道路を直してくれる人たちがいるから、

私は普段ストレス無く日常を送れる。

自分が専門だったし、その分野のプロの同級生が多いからわかる。

本当に本当に感謝!

税金払いますよ!

 

 

ただ、わたしは違う。

わたしは、今その瞬間の幸せを選び続ける事をしたいし、

伝えて行きたい。

 

 

これは私の選択の話。