日曜日の朝は たいてい
父のお気に入りの音楽が
流れていました
それが ジャズというものだと知ったのは
もっと後になってから





ときには クラシックだったり
母が好きだった いまで言うところの
オールディーズだったり





流れるメロディに合わせて
母が軽やかに口ずさむ 
聞いたことのない言葉は 
まるで 魔法のおまじないのようでした
















父がそぉっとレコード針を置いて
それから 音楽が聞こえ始めるまでの間
プツプツと弾けるような音が
ちいさく響きます





くるくる回る 黒い円盤
渦巻きのような溝を
つるつると滑っていく 細いレコード針





さぁ はじまるよ と
なんだかちょっとそわそわしながら
うふふ と弟と顔を見合わせていました
















その頃はまだ レコードプレーヤーには

触らせてもらえなくて
どうしてダメなの と聞くと





これは パパとママが結婚して
はじめてふたりで買ったものだからね
とっても大事なのよ
もう少し大きくなったらね





父と母は ちょっと照れくさそうに
でも ふたりだけの想い出に
その瞬間 スーッと入り込んでいくような





いま思えば  とても
とてもしあわせな笑顔だった気がします
















数年前の結婚記念日
こども達からの 思いがけない贈り物
レコードプレーヤーと
夫とわたしに レコードを一枚ずつ





前に話してくれたでしょう
ちいさな頃の
おやすみの日の朝のレコードのこと
じーじとあーちゃまの宝物のこと
なんか いいなぁ と思ったんだよね





心の奥の その奥の方に
ぽっと あかりが灯ったよう
あたたかな想いが
じんわりと広がっていきました





わたしの心のなかに在る 父と母の姿を
こども達に伝えられたこと
わたしの 遠い遠い想い出ばなしを
こども達が心に留めていてくれたこと





そして 
記念日という日に
あらためて 深く感じ入る





彼とふたりで 4人みんなで
ここまで歩いてきた道
ここから紡いでいく時間





そのすべてが
ふんわりと 両手で包み込んでおきたい 
大切なひとつひとつ
















今年の結婚記念日も
レコードプレーヤーのスイッチを入れました





この数年の間に 
こども達もそれぞれ レコードを買い求め
いつしか 曲選びの時間も
和やかな家族のひととき





レコード針をそっと置いて
音楽が始まるまでの わずかな時間
プツプツと音を立てながら溝を滑る針を
じっと眺めているうちに





日曜日の朝の 父と母の姿
わくわくしながら 
ターンテーブルを覗きこむ わたしと弟
ズンズンと身体に響く音 
楽しげな歌声





それから 
遠い日につながる贈り物を囲む
あの日の4人までもが





手の届く すぐそこに居るような
ちょっと不思議で でも とてもあたたかくて
とてもとても うれしい感覚
















‘ふたりの結婚記念日は 家族の誕生日だね’
こども達のコトバが
胸いっぱいにリフレインします





受け取ったバトンを
順に 次に繋いでいくように





記憶の片隅にある 
ほんのちいさな出来事も
心のなかに 
そっと仕舞ってある気持ちも
ゆっくりゆっくり 渡していけたらいいな





あの夏から 2年半
病院での日々を思い返すごとに
次第に 強く強くなっていく この想い





胸にこみ上げる一日となりました
















大好きなひとを想って空を見上げる日まで 
今年も もうあと少し





黄色いフリージアの甘やかな香り
お気に入りだった Enyaの歌声
ざらめいっぱいのカステラと 
ほろ苦いコーヒーと





毎年のルーティンに加えて  今年は
あの朝の笑顔を思い浮かべながら
レコードも聴こうかな 
電話越しに 父にも音色を届けたいな





‘桜が咲いたら 一緒に見に行こうね’
約束はかなわなかったけれど





同じ季節を迎えた いま
ほころび始めたつぼみを前に
わたしの想いは 大きく広がるばかりです