最近、まとめて何冊かの「男の本音」系の本を読んだ。すべて男性作家が書いたもの。
面白いのは、著者によって主張が違っていて、
「男は清楚な女が好きだ」と言っていたり、「自分を持った自主的な女が好きだ」と言っていたり、
ある著者は「お会計の時は財布を出すのが望ましい」と書いているし、また別の人は「そういう白々しいことはやめろ」と、書いている。
「セックスを断る時は、『付き合うまではしないよ』と言えば良い」と言ってる人がいるかと思えば、
「そういう断り文句は冷める」と言っている人がいる。
要は、それって「男の本音」というより、「俺の本音」なのだ。
したがって「いい女」の定義もそれぞれ違っている。
「俺にとっての理想の女」を語っているからですね
ほんとに世の中の男みんなが清楚な女が好きなら、私なんて一生結婚できなかっただろうし、
なんなら私と付き合いたいと言ってくる人だっていなかっただろう。
共通して言われていたことは、
外見を磨くこと
簡単に身体を許さないこと
男を理解し、認めること
男を褒めて、力づけること
男の自由を許すこと
ま、このへんのところに集約される。
その辺りは、実際そうなんだろうし特に異論はないんだけどさ。(自分も自由でいること。と、私は言いたいが)
でもたとえばだれかが言った「モテる女の定義」を鵜呑みにして、
自分を歪めて別のキャラクターになってさ、
それで好きになった男の人が、
「清楚ぶった女ってつまんないから好きじゃないんだよね」
とか言った日には、死ぬっっほど悔しくないですか?!?!?
違うの違うの違うのーーー!これはほんとの私じゃないんです!!!!!!
って叫びたくなるね私だったら。
だからもうべつにいいじゃない?
自分のありのままの姿を否定する男のことなんて。
そんな相手に好かれなくたって。
ありのままっていうと、「化粧もおしゃれもせず、だれのことも気遣わず、すべての努力を放棄してエゴのみに従って生きる」
みたいに捉えられがちだけど、
そうではなくて!
本当に自分が在りたい姿のこと。
自分で自分の味方でいる状態のこと。
そのように生きることで、余裕と自信を持って快適に、なおかつ生き生きと輝ける本来の姿ということね。
だから、化粧が嫌いならしなくていいし、オシャレより大事なものがあるならそれを優先すればいい。
そのように存在していれば、人の目なんか気にしなくても「あなたでなくちゃダメなんだ」と言ってくれる人が現れる。と、思う。
人に好かれるための施策を錬るより、
自分に好かれるための施策を錬る方が、
結果的に愛のある世界に早くたどり着くと思う。
なぜなら、
本質的に自分を愛して、豊かな心で生きる人は、おしなべて人に優しいし、人を認めることが出来るから。
つまり、「魅力的な人間」でいられると思う。
自分のことをいつも何かと比べて否定している人は、必ず他人に対してもそうです。
自分のモノサシで他人をジャッジする人になってしまうと思うの。(自戒を込めて……)
だから、他人の意見で自分を縛って、いろんなことに制約をかけて我慢して耐えて誰かに認められる人になるより、
「好きも嫌いもお好きにどうぞ」ってスタンスで、
スピリットに沿った生き方をする方が、結果的に愛も手に入って幸せになれるのではないかなぁと思った出来事でした。
ま、それが難しいんだけどな!!!!