3月11日14時46分
この日はこれからもずっとずっと先までも忘れられない日に、時間に、なるでしょう。
私が住んでるところも
震度5でした。
私はその時間は中学の部活の最中でした。
その日は幸運なことに外で練習していて、もし中で練習していたらまた色々と怪我をしていたかもしれません。
周りの子で泣いてる人もいた。
でも中学生だったから、携帯も持っていなくて情報が何もなく、不安な気持ちで家に帰りました。
友達と不安になりながら、注意しながら歩いて家に帰り、テレビをつけると
テレビの画面にはあの津波が映っていた。
やっと今起こってる状況が分かり、これからどうなるなってしまうんだろう…とすごく心配だった。
震度5でもとてもとても怖かった。
だけど、東北はもっともっと地震が強かった。そして津波もあった。
その何分という時間の間で何人もの命や、心、たくさんのものを失いました。
失った分、今生きている私たちが
その思いを背負い生きていかなければいけないと思います。亡くなった多くの方たちはもっと生きていたかったはずです。もっともっと、今まで通りの普段の生活を送りたかったはずです。
完全に復興して、安心して過ごせる日は
絶対に近いうちではないし、何年何十年…とかかると思います。
でも、1日でも1秒でも早く、復興する日が来ることを祈ってます。
読んでくださってありがとうございました。
がんばろう日本。
1日でも1秒でも早い復興を。