もう1年経ちました。

恐怖の検診です。怖くて仕方ない。


7年前、診断が下ったのが9月でした。

夫の父が亡くなり、葬儀の前に一人で聞きました。


葬儀は、自分も近い将来こうなるのか、と頭の片隅に思いながら参列しました。

結果、2回の手術でここまで来ました。


胸は2つあります。1つにあったら、もう片方もあってもおかしくないと言われ続けました。


毎回毎回辛くて怖くて。


数日前に今度は私の父が急逝しました。

全くの突然死でした。心不全だろうと先生ト警察から言われました。解剖は母が希望しませんでした。


この日のことはまた別に残そうと思っています。


とにかく、今は7年前をありありと思い出させるのです。


仏様、ご先祖さま、そして父。

私はまだ生きたいのです。子供たちを成人させ、母を見送る所までは生きたいのです。


私にはこれ以上の悲しみは耐えられません。どうかどうかお願いします。











そして結果は






異常なし。えーんえーんえーんえーん


今年も会社指定の検査の季節が来ました。 


6年前、この検査で精密検査となり、怒涛の検査地獄に突入したことを思うと、本当に怖いえーん


でもここで分かってなかったら取り返しがつかなかったことも事実。


でも怖い…と思っていたら、昨夜は下痢ピーに。どこまで弱いねんと夫に苦笑され、先ほどまで頑張ってきました。


結果はまだ先だけど、まずは体重がまた増えてていたことにガクブルガーン


どうかもう少し、子どもファーストで日々を送らせて欲しいと願います。

長男の中学受験、受験校は2校のみ。それぞれ何回かチャンスがあるので、それに3日間かかり切りました。


第1希望は初戦敗退からの最後の受験で追加合格の電話を頂けました。 第2希望は2戦2勝。


長男は6年になって特に↓のような状況に。

·カンは良いが、うっかりも多くミスで失点

·とにかく試験勉強に興味が向かない。

·向かないから勉強も捗らない。

·大人の言う事を聞かない(反抗期?)

·朝が起きれない。


結局この状況は最後まで覆せず。


3年の時の学級崩壊を受けて4年で塾に入り、5年の終わりに習い事をやめて受験に集中すると言った長男ですが、今思うと、母のために忖度したのかもしれません。


とにかく辛い道を進ませてしまった長男に、寄り添うしか母には出来ませんでした。


それでも最後までかじりついて合格をもぎ取った長男。少し勉強はいいかな、という言葉にただただ頷くしか出来ませんてました。


神様

仏様

ご先祖様。


こういう時ばかりお願いしてごめんなさい。そしてありがとうございました。


長男の進学は結局第2希望を選択しました。一度でも✕となった第1希望希望に齧りつく気持ちはなかったようです。


第2希望の合格が分かって、そこからの家族会議で、まさかの公立進学意向を示した長男。親が何を言っても聞かないことは分かっていたので、翌日学校の先生や友達に相談してみてからもう一度話をしようとその日は終わり、私は公立の情報をかき集め、、、とバタバタしましたが、色々聞いて第2希望への進学を決めたと学校から帰ってきました。


こうして長男の挑戦は終結となったのでした。