今、オリンピックが幕を閉じた途端、日本は、領土問題で熱くなっている。今日の新聞にも離島につての詳細な解説がついていた。現代国際法が整いつつある時点での話だ。が、フクシマなどどこ吹く風、核超大国、アメリカ、ロシアは、いまだ、核非拡散条約さえ批准していない。政府は、竹島について、国際司法裁判所に提訴するともいう。しかし、アフリカや、中南米で、ゲリラ組織や、テロ組織、クーデターがいまだ絶えないのが現状だ。それを、常任安保理で拒否権を、なりふり構わずふりかざす、アメリカ、ロシア、中国の身勝手さを考えると、どうも、あまりに国際法を仰ぐことが非現実的な話にも思えてきた。
もうお解りかもしれないが、後は、戦争というハードパワーの歴史に、時計を逆戻りさせる、右翼の方々には、ぼくが、売国奴と罵倒される立場になるまでだが。前にも述べた通り、ヨーロッパ近代史をみても、第一次世界大戦後、人類初の共同体、国際連盟の誕生をみるまで、英仏戦争あり、独仏戦争あり、仏西戦争あり、厳密に宗派を問えば別だが、キリスト教を信仰するという同根でありながら、今日の領土問題とさして原因のかわらない、地勢学的な事情で、荒れた農地など、人が集団で都市を形成して、何か繁栄させていこうという土地とは、おおよそ異なる重箱の角のつつきあいから、長くは、百年戦争となる間、多数の、婦人や、子ども、老人を含めた一般市民が戦争に巻き込まれて、尊い多数の人命の犠牲のもとに、戦争は終止符を打った。
一方、近代アジアの歴史をみても、今、日中韓露の北東アジアでは、第二次世界大戦で一般市民が目を覚ますまで、同じく戦争は続いた。孫文が成立させた中華民国の誕生前後、日本は、中国が、欧米各地から脈々と植民地化されたパワーバランスの低下をいいことに戦争を仕掛け、日清戦争、日中戦争、日露戦争、さらには、満鉄、傀儡政権満州国の樹立、朝鮮に対しても1910年に伊藤博文(後に朝鮮人に暗殺される)が、日韓併合を強行した。蒋介石率いる国民党が台湾に、中華民族の国を樹立するまで、日本は、台湾を領土とした。太平洋の南の島々も、次々と日本の領土に組み入れた。
よく、ときの政府は、「歴史的にみても我が国固有の領土である」と述べるが、どこをみて、「歴史的」というのか?2世紀、後漢のとき、使者が貢ぎ物のかわりに「倭」の称号を持ち帰り、「日の出づる国」つまり、「日本」が始まった。ただ、諸外国と地勢学上島国として、例外として挙げる必要があるのは、太平洋戦争中、欧米帝国主義がアジア進出に熱をあげ、それを阻止するため抵抗せざるおえない事態が生じたこと。あとは、元寇のときに、台風という天候が起因して、モンゴル民族の日本進出が果たせなかったこと。この二点を例外に、沖縄は、廃藩置県で、鹿児島県に組み入れられるまで、琉球民族として明と薩摩藩の貿易立国だったこと。蝦夷地は、アイヌ民族の生息地で、日本人にあの過酷な環境の北海道を開拓できなかったこと。これらは、何度も繰り返し述べた。
おおよそ、東北から、九州までが、大和民族が長らく暮らす日本の領土として、歴史上続いていた。確かに、北の海原の新鮮な魚が、美味しいのは認めるが。しかし、中南米、アフリカは、植民地として国境線を欧米列強帝国主義によって勝手に引かれたものであり、「歴史的に、我が国固有の領土である」というフレーズは通用しない。人類の歴史が始まって以来、各々の民族は、生まれ、廃れ、また新たな民族が産まれる。国土についても同じことが言える。むしろ、同じ国の中で異なる民族が対立することは多々ある事例だ。おおよそ、民族、国の領土は、戦争の推移によって変化する。カダフィー大佐が逃亡する最中、衛星放送は、その生々しい様子を画像で伝えた。政府軍と反政府軍とのせめぎ合いで、その領土は、瞬時のうちに変化していった。
しかし、今の時代、スポーツを通じて、本多圭祐は、かのロシアで活躍して、松井秀喜は、アメリカで活躍していたことは周知だが、世界で活躍する、陽の当たらない日本人も多くいる。または、2時間30分台でフルマラソンの記録を出した猫ひろしさんは、カンボジアに国籍を変更し、学問を通じて、89歳の米国出身日本文学者のドナルドキーン氏は、日本に国籍を変更した。芸術、文化、料理、その他、あらゆる私たちの活動についても同じことがいえる。それは、華僑が暮らし、在外朝鮮人が暮らしていことと同様だ。
今の現代社会で暴力をふりまわすことは、犯罪として扱われる。できるかぎりの知恵をしぼりながら、各々が、生きのびていくために、この地球で、生きていくことができる、自分を磨くことだ。今、民間が、世界の至るところで、しのぎをけずっているにも関わらず、日本の政府、政界の惨状をみれば一目瞭然だ。かれらには、何も期待できない。
かの有名な初の日本人宇宙飛行士、毛利衛さんの言葉を引用して終わりにする。「宇宙からは、国境がみえなかった。」
もうお解りかもしれないが、後は、戦争というハードパワーの歴史に、時計を逆戻りさせる、右翼の方々には、ぼくが、売国奴と罵倒される立場になるまでだが。前にも述べた通り、ヨーロッパ近代史をみても、第一次世界大戦後、人類初の共同体、国際連盟の誕生をみるまで、英仏戦争あり、独仏戦争あり、仏西戦争あり、厳密に宗派を問えば別だが、キリスト教を信仰するという同根でありながら、今日の領土問題とさして原因のかわらない、地勢学的な事情で、荒れた農地など、人が集団で都市を形成して、何か繁栄させていこうという土地とは、おおよそ異なる重箱の角のつつきあいから、長くは、百年戦争となる間、多数の、婦人や、子ども、老人を含めた一般市民が戦争に巻き込まれて、尊い多数の人命の犠牲のもとに、戦争は終止符を打った。
一方、近代アジアの歴史をみても、今、日中韓露の北東アジアでは、第二次世界大戦で一般市民が目を覚ますまで、同じく戦争は続いた。孫文が成立させた中華民国の誕生前後、日本は、中国が、欧米各地から脈々と植民地化されたパワーバランスの低下をいいことに戦争を仕掛け、日清戦争、日中戦争、日露戦争、さらには、満鉄、傀儡政権満州国の樹立、朝鮮に対しても1910年に伊藤博文(後に朝鮮人に暗殺される)が、日韓併合を強行した。蒋介石率いる国民党が台湾に、中華民族の国を樹立するまで、日本は、台湾を領土とした。太平洋の南の島々も、次々と日本の領土に組み入れた。
よく、ときの政府は、「歴史的にみても我が国固有の領土である」と述べるが、どこをみて、「歴史的」というのか?2世紀、後漢のとき、使者が貢ぎ物のかわりに「倭」の称号を持ち帰り、「日の出づる国」つまり、「日本」が始まった。ただ、諸外国と地勢学上島国として、例外として挙げる必要があるのは、太平洋戦争中、欧米帝国主義がアジア進出に熱をあげ、それを阻止するため抵抗せざるおえない事態が生じたこと。あとは、元寇のときに、台風という天候が起因して、モンゴル民族の日本進出が果たせなかったこと。この二点を例外に、沖縄は、廃藩置県で、鹿児島県に組み入れられるまで、琉球民族として明と薩摩藩の貿易立国だったこと。蝦夷地は、アイヌ民族の生息地で、日本人にあの過酷な環境の北海道を開拓できなかったこと。これらは、何度も繰り返し述べた。
おおよそ、東北から、九州までが、大和民族が長らく暮らす日本の領土として、歴史上続いていた。確かに、北の海原の新鮮な魚が、美味しいのは認めるが。しかし、中南米、アフリカは、植民地として国境線を欧米列強帝国主義によって勝手に引かれたものであり、「歴史的に、我が国固有の領土である」というフレーズは通用しない。人類の歴史が始まって以来、各々の民族は、生まれ、廃れ、また新たな民族が産まれる。国土についても同じことが言える。むしろ、同じ国の中で異なる民族が対立することは多々ある事例だ。おおよそ、民族、国の領土は、戦争の推移によって変化する。カダフィー大佐が逃亡する最中、衛星放送は、その生々しい様子を画像で伝えた。政府軍と反政府軍とのせめぎ合いで、その領土は、瞬時のうちに変化していった。
しかし、今の時代、スポーツを通じて、本多圭祐は、かのロシアで活躍して、松井秀喜は、アメリカで活躍していたことは周知だが、世界で活躍する、陽の当たらない日本人も多くいる。または、2時間30分台でフルマラソンの記録を出した猫ひろしさんは、カンボジアに国籍を変更し、学問を通じて、89歳の米国出身日本文学者のドナルドキーン氏は、日本に国籍を変更した。芸術、文化、料理、その他、あらゆる私たちの活動についても同じことがいえる。それは、華僑が暮らし、在外朝鮮人が暮らしていことと同様だ。
今の現代社会で暴力をふりまわすことは、犯罪として扱われる。できるかぎりの知恵をしぼりながら、各々が、生きのびていくために、この地球で、生きていくことができる、自分を磨くことだ。今、民間が、世界の至るところで、しのぎをけずっているにも関わらず、日本の政府、政界の惨状をみれば一目瞭然だ。かれらには、何も期待できない。
かの有名な初の日本人宇宙飛行士、毛利衛さんの言葉を引用して終わりにする。「宇宙からは、国境がみえなかった。」