昨日。羽生結弦の金メダルに日本全土が歓喜の渦に酔いしれた

昨日、夕方、部屋に帰って、テレビをつける
番組表を開いて、夜、何かやってるかなと眺めると、とある放送局のタイトルに「平昌五輪 フィギュア男子決勝~」的な番組を見つける

ああ、今夜、羽生結弦が滑るのか
そりゃあ、生で見たいな、とそれに向けて段取りを考える

まだ時間がある
髪が伸びてそろそろだなと思ってたので、散髪に行くことにした

髪切って、帰りに酒とつまみを買って、ひとっ風呂浴びて、ちょうど中継が始まる頃に缶ビールで観戦
うむ、ベスト段取りなり


近所の1000円カットに行く
5、6人の待ちは想定許容範囲内


券を買い、待ち椅子に座り並ぶ

しばらくして、順番が来る
未だに、散髪は慣れない、緊張する

椅子に拘束され、刃物を目の前にちらつかされると、どうしても今まで見てきた映画やマンガ、小説で疑似体験した拷問シーンを思い出してしまうから
そのまま、ハサミで目ん玉をくりぬかれて、爪を一枚一枚剥がされてしまうのではないかと手汗が尋常の量を遥かに超える




そこの1000円カットはそれぞれの席の前の鏡の下に液晶画面があって、そこにニュースとか天気予報の情報が画像で映るようになっている(多分、拷問を連想しないように気を紛らせるためのサービスだと思う)

何となく、画面を眺めていると「羽生、金」の文字とガッツポーズしている羽生結弦の写真が出てきた
数秒で次のニュースの画像に切り替わる



うん?
まだだよね?
決勝は夜だよね
見間違い?


3分くらいのルーティンで同じニュースが流れるので、しっかりと画像を見ていると、「羽生、金 二連覇は66年ぶりの快挙」みたいな文言とガッツポーズ




帰って知ることになるのだが、先刻、見た番組表はフィギュア男子の決勝を中継する番組ではなく、決勝の再放送とどういう軌跡で選手たちが舞台に立ったかを放送する番組だった

勘違いだった





しかし、楽しみを一つ奪われた喪失感でボーッとなっていると、髪を切っていた店員さんが「ここから、ちょっと変わりますので」と交代する人を紹介した
見習いさんで最後のとこだけ、ちょこっとやるシステムなのかな

交代した人は24、5の若い女性で、羽生結弦中継観戦の喪失を埋めるくらいのキレイな方で覆いの下で小さくガッツポーズする


ほんとにちょこっと仕上げるだけなので、接した時間は短かったけど、最後にシャンプーとかない代わりに掃除機みたいので頭に残った毛を吸い込むんですよ

その際に、全ては無理にしてもなるべく吸い込ませようとするため、髪の毛をくしゃくしゃってするんですよ


少女コミックでイケメンが冴えない幼なじみの女の子の髪をくしゃくしゃってやる画は、そういうことだったのか


彼女にとってはただの業務
しかし、おれにとってはまぎれもなくアオハル文明開化・無血革命最前線、1000円(税込1080円)事変真っ只中




帰って、テレビをつけると羽生結弦が金メダル授与のセレモニーで輝いていた

くしゃくしゃの余韻が残る頭皮
缶ビールを開け、一息に半分ほど飲む
歓喜に騒々しいテレビ画面を見ながら、「こっちの方が金メダルだよ、こんちくしょう」とぼやいたのは許してください。

人気のない寒い夜の道、なんでわざわざこんな中で歩いているのか分からなくなるくらい体が冷えている。薄い闇にそこだけ穴が空いたように自動販売機の明かりが見える。
財布を取り出す。札入れには、万札が一枚。小銭入れを開ける。暗いのでよく分からないが、じゃらじゃらとたっぷり入っている。でもどうやら、五百円玉、百円玉、五十円玉の類いは見当たらなく。十円玉がじゃらじゃら。缶コーヒーは130円。足りそうかな。小銭投入口に一枚、二枚、と入れていく。現金投入額の表示が10円、20円と増えていく。順調に増えていくこと120円。指先が外気と銅の狭間で痛いくらいにまで冷えた。最後の一枚、小銭入れには最後の十円玉。
ちょうどぴったりなんてそんなこともあるもんだと胸をルンと高鳴らせ、投入。
ちゃりん。
釣り銭取りだし口に落ちる、十円玉。
うまく読み取らなかったか、そんなこともあるだろうと取りだし再投入、ちゃりん。ギザジュウか?と明かりに照らすも、見た目はいたって普通の十円玉、しかも平成生まれときたから、おれの入れ方が悪いのかとそっと入れるも、やはりちゃりん。
体の冷え込み具合と、なぜここまで来て、の脳が怒りに沸騰するアンバランスからくる昭和生まれの調子の悪い機械にするアナログ的洗脳所作、拳を振り上げる。

振り上げた拳を握った手は、思いの外、温かかった。
「生涯、そんな不良であり続けたいと思いませんか」
おれの思考、動作が一瞬止まってしまったのには3つの理由がある。まず、一、理性から程遠い、苛立ちに身を任せ機械を殴り付けようとしたことを誰かに見られ、しかも制止されたこと。二、制止した人物が発した文章の吸収・消化。三、何よりも、拳を握る手が鳥の羽のようなもので覆われていたこと。
「流れとか風潮みたいなベルトコンベアに乗っかって、死んだように生きるくらいなら、ベルコンから落っこちて床に叩きつけられて割れて工場全体に匂いを放つ焼酎の方がって話」
彼と面向かう、Tシャツ姿、手だけではなく、腕、目の下にも鳥の羽が生えていた、顔立ちはとても整っているようにも見えるが江戸時代の絵巻物に出てくる妖怪のように醜くも見えた、Tシャツには勘違いした欧米人が好みそうなローマ字で「BUDO」と書かれていた。彼の死生観が気にかかって、それは理想論ではないですかと切り出すと、まあねと反論はしなかった。彼はミズネと言った。漢字では教えてくれなかった。少し歩こうと先を歩きだした。自動販売機には、十円玉が取り残されていたが、天秤に掛けるでもなくミズネにすぐさま着いていくことが好奇で勝った。どうしても、目に入る。羽。それを察したのか、この羽はねとボソッと吐き出すようにしゃべり始めた。生まれてきてからずっと人よりは生きる価値が低いと言われて育ってきた。羽が生えているから、見た目が悪いからかと物心ついてからは感じるようになった。季節の移り変わりで抜け生え変わる分にはなんでもないんだけど、強引に抜いたりするとその毛穴から、悪臭が出るんだよ。しかも激痛。鼻をつまんでも漏れ臭う悪臭。学校に入ってからは悪ガキたちの格好の餌食さ。痛がるのをおもしろがってくせえくせえって蹴っ飛ばされる。周りのクラスメイトも先生も、ミズネくんは生きる価値が低いから仕方ないねっておどけるだけ。ある日、全身の羽を抜かれたことがあって、ほら、あまりにも痛すぎると痛みを感じるのが面倒くさくなって、あはは、面倒くさくても臭いのは変わんないんだけど、親父に言ったんだよ、なんで僕を生んだんですかって僕は生まれてこない方がよっぽどよかったんじゃないかって。親父はよく笑っている人だったけど、さすがにグーの一発はあるかなと思ったけど、なにも言わず台所に行ってハンバーグを作り始めた。一から手作りの。それからなにも言わずハンバーグを出してくれた。あの時のハンバーグの味は思い出せないけど、親父の背中だけは鮮明に覚えている。親父は両目が見えなかった。ほら、あそこの工場。海辺にある工場。学歴もなにもないけど、あそこの工場は雇ってくれた。仕事の内容は、ベルトコンベアで流れてくる半死状態の魚たちに血便誘発剤を食べさせるんだ、それで強制的に魚の内蔵をクリーンにするって訳、断末魔のような音をたてて肛の門から血便が吹き出るんだ、たまに勢いあまって内蔵の一部が噴き出て、壁とか天井に貼り付くんだけど、天井はとても高いから掃除できなくて内蔵鍾乳洞みたいになってるよ。工場長はとても穏やかな人で、工場長室に訪ねたとき、メス豚にオス豚の精子を飲ませ続けると母乳から精液が混じり出てそれを飲む子豚はホルモンバランスが崩れるが高級料理店に並ぶ、っていうタイトルの本を読んでていて、これを読んでいると気が休まるんだと言って勧めてくれたけど、手が血便まみれだったので遠慮した。そんな工場長が激怒する事件があった。同僚といつものように血便誘発剤を半死魚に食べさせていたら、同僚がいきなり半死魚を叩き潰し始めたんだ、工場長が駆け寄って同僚を咎めた、同僚はいい奴だったから、、ちょっと疲れが溜まってただけですって工場長をなだめたら、人より生きる価値が低い奴が人を庇うのではないって激怒された。生まれて初めて、(半強制的に)辞表を書いた。工場に忍び込もう。大丈夫。誰にも見つからないルートがるんだ。そこの排水口から工場に入れる、工場にはお宝がある。教えてくれたのは母親だ。数百m配管をくぐり抜け、たどり着いた小部屋にはロッカーが2つあった。ロッカーの中には半透明のスーツがあった。超圧縮型全身酸素スーツ。酸素で覆われていて水中でも自在に動ける、スーツの外側には、ミドリムシと藻類が圧縮され、スーツ内の人間が吐き出す二酸化炭素を酸素に変える。ミドリムシと藻類には水中塩分濃度をゼロにする遺伝子が組み込まれていて、海、淡水問わず生命維持できる。つまり、呼吸に関しては無期限で水中を往来できる。超圧縮型全身酸素スーツに二人が身を包むと小部屋に海水が流れ込む。小部屋が海水に満たされる、呼吸を止めていた。超圧縮型全身酸素スーツを着ているが一寸先は海水である。初心者は軽いパニックになる。それでも息が苦しくなり、否応なしに吐き出し吸い込む。本当だ、呼吸が出来る。呼吸が出来、落ち着くと鮫の形をしたミズネが見える。吐き出す息をイメージと融合させると超圧縮型全身酸素スーツがその形状になる、それではお先に、と大洋に消える。この世で最も速いものと思い浮かべた、バイクKAWASAKIのZXー14R。連想し吐き出して、目を開けたら、鮫に追い付いていた。もっと遠くまで行こうよと誘ったら、鮫は少しだけ笑って、前を指す。小部屋の明るいところから、大洋に飛び出したもんだから、暗反応が遅い。ゆっくりとじっと待つ。レコードに針を落としてアンプから音を刻むまで。待つように待つ。ぼやけていた視界が輪郭をもち、輪郭が鮮明になり、スーツの形状を解く。シロナガスクジラである。圧倒的に巨大な存在を目の当たりにすると、人は無防備になる。自分がどうしようが何を思おうが、価値が無い、低いのではなく、無い。少しゆっくりしたい、でも爪痕は残したいとミズネが言う。なんとなく理解は出来る、でもどうやって。あああ、親父のハンバーグ食べてえなぁと思い切って、ミズネが中指を突き上げた。それが合図だとばかりに超圧縮型全身酸素スーツが自壊、中指を突き上げた方向に爆発する。シロナガスクジラに突撃する。多分、多分だがシロナガスクジラは海上に出たと勘違いして目一杯に体をくの字に曲げ、潮を吹く。超圧縮型全身酸素スーツの爆発と合間って、海中に竜巻を起こす。竜巻は大洋を裂き、大気圏を破る、光の四分の一の速度で、太陽を周回する(竜巻弾で冷え、黒点帯ができる)、太陽の引力を借り、光の100億倍の速度で舞い戻り、積乱雲とぶつかる、その波動で霧散しかけた雲が兵馬俑になる、数百を越える兵馬俑が行進する軍靴の振動を大気中の水分が凍り凝縮され馬になる、重力に逆らうことなく落下する(その際、水分を吸い凍らせる)、馬に翼が生える、落下から飛翔に変わる、変わらないものと言えばペガサスの目的地、マグマ、氷結飛翔馬がマグマに突っ込む、マグマが固まる際に吐き出す息吹が風になる、優しく甘い風、オーロラやメープルシロップが嫉妬しそうな風は樹齢8千年の縄文杉を根っこから切り落とす、ようやくかと重い腰を上げる縄文杉居留者(地底原住民)が大樹の年輪に音符を並べてロックを響かせる、その音を手がかりに、地獄で遊んでいた天使と天国で仰向けになっていた悪魔が手を取り叫び(歌い)叩きつけたら、面倒くさそうに大地(地球)が自転を始める。まだ、月がなかった頃の話である。

ガっコン。
音で我に返った。

音のした方を見ると、自動販売機の取りだし口に缶コーヒーが落ちていた。
冷えた指先を温めようと手に取る。
はっとした。
自動販売機の傍らに、血便誘発剤のようなものをくわえたドブネズミが横たわっていた。視線が合ったと思ったのは勘違いでドブネズミは遥か上空を見つめていた。
視線を追うと月は無く、くたびれた羽のような星が面倒を楽しむかのように行進していた。










手にした缶コーヒーは狂ったようにあたたかかった。






腕に蚊が停まって
蚊の多いとこだったから、ちょうど蚊取り線香を炊いたとこで
腕の蚊を線香の煙で逃げるかなと追いつめても逃げなくて
多分にもう血を吸って、ウハーってなってるから、煙どころじゃないんでしょ
だったら線香の火元
近づける
火元
蚊(おれの血を吸っている最中であろう)
腕(左)
逃、げ、ない

火元。蚊の触覚みたいなやつにぢゃっふっと触れたら、血より、離れました。あんなに速く離れる蚊は見たことがありません

蚊がいたところは、かゆくなりました