自分を甘やかそう。
と、ハンター×ハンターを見ていた時のこと。

自分の中にある感情に気付きました。

無益に時間を過ごしていることへの罪悪感、です。

もっともっと、成長しなきゃ
その為に努力しなきゃ
もっともっと、人の役に立たなきゃ
有益なことに時間を使わなきゃ

そんな気持ちです。

そういえば、そんな気持ちはいつも私に薄くへばりついていたな、とも気付きました。

自分を甘やかすことの後ろめたさ。


いや、無理してぐうたらする必要は全くないんですよね。
せっせと動いている方が、心が楽になるなら、
そうしたらいいんです。

正確は全て、己の中にしかありませんから。

自分の中のブロックを見つけたら、リリースすればいいし
だからって、わざわざイヤな気持ちになる必要も全くない。

ただ、例えば、
すごく大好きな人
もしくは大切な子ども
または最愛のペットなんかが
大好きなアニメを見て幸せそうなのを見たら
あなたはどう感じるかな?
ってことです。

それと、自分が同じことをして、
自分に抱く感情とどう違うのか?

ヒトは往々にして、自分に対して一番厳しい裁判官になりがちです。

でも、一番大切なのは、自分こそが一番自分を愛してあげること。

だからこそ、
自分を裁く気持ちを見つけたら手放して少しずつ自分の心地よい在り方にシフトしていきたいものですね。

では☆

またしても見返してました、
ハンター×ハンターのキメラ=アント編。

大好きで、何度も見ているのに
未だ泣いてしまいます。

二次元で
結末がわかってて
しかも、見ながら所々ツッコミ入れて見てるのに
結局毎回号泣って
どれだけ感情移入してるんだ
って感じですけど笑

(なかなか続き描かないのは、萩原一至氏もですけど
冨樫義博氏って、やっぱりすごい。)

で、アニメですらコレなのだから
現実ってフィルムにがっつり入り込んじゃうのも
仕方ないよなぁ
とも思います。

人間のイマジネーションの力、
自分の脳内にあることに臨場感を得る力って
はかりしれないですね。

だからこそ、蔑ろにされがちな「今」を
大切にしたいな、と思います。

では☆



晩ご飯を済ませ、
コトコトあんこを炊いた後
真夜中に思い立って
するめと里芋の煮物を作っておりました。

ずいぶん前に買ったするめがあって
ゲソだけ食べ残してたんですよねあせる

そっか、煮物にしちゃえばいいのか。
と思い付いて
初めは明日にしようと思ったのですが
どうせなら、今やっちゃおう、と。
そしたら、明日はよく味の染みたのが食べられるし、と。

コトコト煮える鍋の前で灰汁を取っていると
自分の頬が緩んで
いつの間にやら心までポカポカしているのに気付きました。

幸せだなぁ、と。

火が通るまで、ひとしきり幸せに浸って
そうして気付いたんですよね。

自分のために、丁寧にお料理してあげることも
自愛のひとつなんだなぁ、って。

自分のために炊いたあんこと
自分のためについたお餅で
明日のおやつは善哉にしよう。

晩ご飯には、味がしみしみの煮っころがし。

今日粗塩をして下準備をした大根は
明日は次の段階だな。

なんて、そんな一手間一手間が
自分をいたわる一手間一手間と重なって
なんだかしみじみ幸せで。

よく、意識高い系の人w が言う
「丁寧に暮らす」って
自愛なんだなぁ、と身をもって感じたのでした。

では☆