私は母が好きだ。


鬱がひどく、自分でももうどうしようもないと、家を出ようとした夜


母も私の日頃の様子からも、もうダメかも。と思ったのだろう


「○○(私の名前)!
行くなら、お母さんも連れてって!!一人で行かないで。

死ぬなら、お母さんも連れてって!」


と、母は泣いた。


その時、一瞬正気に戻ったのかな?


私は、この病を治さなきゃ、死んでしまう。



治さなきゃ!と。思った。




とにかく鬱がいちばんひどかった時期の2年間くらい。


今でも思い出すと、ゾッとする。


地獄のような、日々。心が地の底に落ちて這い上がれず。


毎日、助けて、助けて、と何かに祈るような気持ちだった。


今でも覚えている


通院をはじめてから、1年半くらいしたときかなぁ。



母が運転して、毎週、少し遠くにある病院まで送ってくれて


(あー・・・ 空がキレイだなぁ。気持ち良い天気だなぁ。)


と、ふと感じて。


号泣した。


今まで、ずっと空がキレイなことも、気持ちが良い天気だと感じることも


無かったので。


私、今、生きてる。ちゃんと、嬉しいなって気持ちを感じている!!


それがとにかく、うれしかった。


喜怒哀楽の、喜、楽がずっと抜けたままだった心に


ようやく普通の心が戻ってきたと感じた体験だった。



それからも、振り子のように病に左右される日々だったけど


少しずつ。前進してる。


その頃、母が支えてくれなければ、私はここに居なかったと、断言できる。


その病を、通して知ったことがある


それは、自分の感情を大事にしなきゃいけないってこと。


たとえ、それが、わがままでも、絶対に自分を殺してはいけない。


私は、アダルトチルドレンだと思う


母は過干渉で、過保護なひと。


娘が命。な人。


心配故に、自分のコントロール下におきたがる。


でも、うつ病をきっかけに母も少しだけ変わった。


前より、私の意見を尊重するようになった。


脅すような言葉を言わなくなった。



私は、母に逆らったら、一生親子の縁を切られる


というような、脅迫観念があった。


でも、今は、親子喧嘩でお互い売り言葉に買い言葉になるときはあっても


「親に逆らっても、どんなわがままを言ったとしても、最終的に私は母から愛されている。」


という安心感を自分で考えられるようになった


今は、うつ病をかいして、自分の自己肯定感の養うことの大切さにも気づいた。






こんな自分が、大切にされていて有り難い!といったへりくだった気持ちではなく、

私は、ひとりの人間として、尊重されるべきである。


という肯定感があるクローバー


これが持てたことは、とても大きい。


母も、人間で、間違えることはある。だから、恨んでいない。


適切な距離を保って、お互い過干渉にならずに尊重しあいたいと思っている。


嫌いな部分もあって、好きな部分もある。


どんなに愛していても、全部を好きになる必要はないから。


親子の距離、家族の距離、夫婦や友だちの距離。


その距離感を上手くとれるようになっていきたいなクローバー