越えて | ゆるぎないものひとつ。

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東方神起が好きです。
東方神起とともに過ごした歳月を噛みしめながら、
K-POPを楽しんでいます♡

 

 

 

皆様、お久しぶりです。

 

 

冬本番、寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 

最近は皆さんのブログに遊びに行くことさえしていなかったので、

 

 

ブログを書くのにも違和感を感じながら・・・

 

 

変な文章になっているかもしれませんが、お赦しくださいね。

 

 

 

 

私ごとで恐縮ですが(というか、私ごとだらけのブログですが)

 

 

昨年、2017年12月28日午前2時56分。 

 

 

父が永眠いたしました。

 

 

享年79歳。

 

 

臨終には間に合いませんでした。

 

 

看護師さんのお話によれば、心拍停止が確認される少なくとも30分前まで普段と変わりなかったと。。。

 

 

おそらく眠るように逝ったのでしょう。

 

 

とても安らかな顔をしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年6月。胃ガンの手術をしたときにはすでにステージⅢbでした。 

 

 

手術自体は成功していましたが、リンパに転移も見られ・・・

 

 

悪性リンパ腫も併発していました。

 

 

抗がん剤治療も頑張っておりましたが、一年半の闘病の末、旅立っていきました。

 

 

昨年11月末、突然、足がマヒして立てなくなりました。

 

 

すぐに病院に連れて行きましたが、検査の結果、すでに腫瘍が脊髄を圧迫していました。

 

 

それから・・・父はもう二度と自分の足で歩くことはできませんでした。

 

 

 

入院して亡くなるまでの一ヵ月。

 

 

それはそれはめまぐるしい日々でした。

 

 

実は父が入院した日、同じ病院の別の病棟に母が入院していたのです。

 

 

母も手術をした後だったので、私はしばらくはふたつの病室を行き来することになりました。

 

 

 

 

 

 

入院後、父の容体は日に日に悪くなっていきました。

 

 

「父にしてあげられる最善とは何か」

 

 

主治医の先生と、何度も何度も話し合いました。

 

 

刻一刻と変わる状況の中、私たち家族は覚悟をしなければなりませんでした。

 

 

入院して二週間ほど経つと、声が出にくくなり、会話もままならなくなりました。

 

 

それでも父はあきらめていませんでした。

 

 

「何がなんでも治す。絶対に治る。」

 

 

そう思っていたでしょう。

 

 

「ああしたい、こうしたい」と、主治医の先生に積極的に治療法などを筆談で質問していました。

 

 

筆談もできなくなると、私が作った文字表で意思を伝えようとしました。

 

 

頑固で意地っ張り。人の意見には耳を貸さない。なんでも自分で決めないと気が済まない。

 

 

他所様にはとても「いい人」なのですが・・・

 

 

家族にはとても気難しいところがありました。厳しい、本当に厳しい父でした。

 

 

もう少し、家族の話に耳を傾けていてくれたら・・・

 

 

ガンは絶対にひとりでは乗り越えられないのです。

 

 

大のきれい好きだった父は、亡くなる一週間前に院内で散髪してもらいました。

 

 

自分で申し込んで。 車いすに乗ることすらしんどい体なのに。

 

 

私たちに言うと止められるから。 でも、止めたりしなかったよ。 止めてもムダだって知ってるから――

 

 

棺の中の父はキチンと整えられた髪に、モーニング姿で・・・

 

 

最上級のおしゃれをしていました。

 

 

「きちんと父を送る」

 

 

これが私にできる最後の親孝行だと思いました。

 

 

喪主は母が務めましたが、遺族代表のあいさつは私がいたしました。

 

 

生前の父は、仲の良かった友達にも、親戚にも病気のことを知らせませんでした。

 

 

葬儀に参列してくださった方々は、大変驚かれショックを受けておられました。

 

 

最後まで自分のプライドを守り通した父でした。

 

 

 

入院して一ヵ月で逝ってしまった父。

 

 

本人も驚いているんじゃないかな。 こんなに早く天国に行くなんて。

 

 

「退院しなくてはいけなくなったら、転院はしたくない。家で介護してほしい」


そう言っていた父。


そのための準備もしていました。


役所に行ったり、介護認定の日にちも決まっていたのに・・・


本当に短気なんだから。なんでも「オレ流」で、自分主導でやりたい性格だったもんね。。。

 

 

厳しかった父。 私は父に甘えたことも、父に褒めてもらった記憶もありません。

 

 

遺言も、感謝も、何も言い残さず逝きました。

 

 

そんな父に対して、心のしこりが消えないままあった私です。

 

 

葬儀が終わった後、長女のミックが

 

 

「お母さんはよくやったよ。あんなに厳しいじーじによく仕えていたと思う。

生きているうちにいっぱい親孝行してあげたやん。お母さんは頑張ったと思う。」

 

 

と・・・ 慰めてくれました。

 

 

ミックの言葉で、肩の力がスッと抜けて、大きな達成感に包まれました。

 

 

親が亡くなって「達成感」なんて、不謹慎かもしれませんが・・・

 

 

私にはこの言葉がしっくりきたのです。

 

 

 

お父さん、私をこの世に送り出してくれてありがとうございました。

 

 

若いころは苦労も多かっただろうけど、かわいい孫たちに囲まれて暮らせて、幸せも感じられたでしょう?

 

 

これからはばーばを大事にして、みんなで助け合って頑張るから。

 

 

空の上から、穏やかな気持ちで私たちを見守っていてください。

 

 

 

 

落ち着いたら、またボチボチとブログを書いていきたいと思っております。

 

 

この場所があって、私は本当によかったと思っています。

 

 

長文、乱文、失礼いたしました。

 

 

また、年賀状をいただいたT.S.Kの組合員の皆様・・・

 

 

お返しできなくて申し訳ありませんでした。

 

 

この場を借りてお詫び申し上げます。

 

 

そして・・・ いつも温かいお心づかいをありがとうございます。

 

 

私は元気です!! ありがとうございます!!

 

 

愛と感謝をこめて。。。

 

 

 

☆ まみちょんママ

 

 

 

 

 

 

追伸: 皆さん~! 定期検診はまめに受けましょう!早期発見できれば、ガンは治ります!!

 

 

そして、周りのひとに感謝の気持ちを伝えましょう。「いつか」じゃなく、「いま」です!!

 

 

「ありがとう」の言葉は、何百回言ったっていいんです!!

 

 

亡き父から得た「教訓」です。