今日はまたまた、ばーばの妹と弟(鬼籍)のお嫁さんが我が家にやってきました。
ランチを一緒に食べるお誘いだったのですが、今日はばーばの通院日。
診察予約時間が11時半だったので、ランチはやめて我が家で談笑することに。
ばーばの妹は85歳。
膝は人口関節を入れていますが、歩行は可能。
頭もクリアでお喋り好きな叔母だったのですが、
最近話す内容が、今現在の家族のことではなく、幼い頃の自分と母親・自分と兄弟・姉妹のことばかり。
なんか、じーじと同じだなぁと思ってしまいました。
じーじも最晩年は、一緒に住んでいる私たち家族ではなく、自分が幼かった頃の母親のこと、当時住んでいた家のことばかり話していました。
お喋り好きで、時にはデリカシーに欠けることまで喋ったり、ガサツな面もある叔母だけれども、世話好きで情に厚く、面倒見の良い叔母。
なんか、今日は、私の知っている叔母と話をしていたというよりは、どこにでもいるお年寄りの話を聞いていたような気がしました。
エンドレスにリピートされる昔話。
不思議なことに、ばーばは、自分が幼かった頃のことや、自分の両親・昔の家のことは一切話しません。
ばーばの話す昔話は、若い頃の仕事のことばかり。
この話をする時のばーばは、自分のことを名前で言います。
「○○は、仕事ばかりしていたわ。」
普段は、
「ばーば、もう寝てくるわ。」
のように、自分のことを
「ばーば」
と言います。
自分のことを「ばーば」と言っている時は、私の母親であり、私の息子たちにとっての「ばーば」であるという認識がしっかりされているのだと思います。
ここが最後の砦なんでしょうね。
『今は面倒を見てもらっている立場だけれど、私はこの子の母親よ』
という気持ちが、ばーばの頑張りにつながっているのだと思います。
毎朝、うちの旦那に
「いってらっしゃい。気をつけて。」
毎晩、私に
「仕事で疲れてるだろうから、早く寝なさいよ。」
と言います。
息子がソファで寝ていれば、膝掛けをかけてくれます。
たとえ短期記憶が無くても、ばーばが自分のことを「ばーば」と呼ぶ限りは、まだまだ大丈夫そうです。
自分の過去のことしか話さない叔母の方が、ちょっと心配になりました。