365日希望をもたらす天使の教え

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スピリチュアルガイド(ティーチャーガイド)から自動手記で受けとった愛と希望のメッセージをお届けしています。

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【96歳父の介護日記~最高の祝福】

 

11月1日 晴れ

 

 

 

今日も午前、午後と父のそばにいた。

ずっと眠っていた。

5日間も飲まず食わずで眠っていられるってすごいなぁ

 

人間は食べ物だけで生きているんじゃないんだなぁって思った。

数日前は、時々たんがからまったようだったりしたけど

そんなこともなくなって

かえって静かに眠っている

 

「いつから日本は死が悲しくてつらいものになってしまったのでしょうって、私の先生が言っていました。

お葬式は本来、お祝いなんですよね」

って、今日久ぶりに会った人が言っていた。

 

父は長く生きたので、その考え方は受け入れやすいと思った。

 

 

今日は天気がよくて

「ああ、父の部屋は本当に明るくていい」と感じた。

自宅では、日当たりの良い二階に暮らしていた。

 

父の世話をするようになってから

レースのカーテンを南向きの窓に私がつけた。

 

日差しの強い日にそれを閉めると

父は「陰気だから開けて」と嫌がった。

 

明るいのが好きなんだよね、お父さん

生まれて産湯を使い、育ち、結婚式をあげ、

母と一緒に過ごした家に最後までいたかったのは知ってる

そうさせてあげたかった

95歳まではいられたけど

 

この8か月は自宅から徒歩4分の老人ホームにいることになってしまったね。

でも、この部屋明るいでしょ

明るいってところがお父さんにいいなって思ったんだよ

自宅が一番いいのはわかっているけど

無理だった

できなかった

そのかわり、できるだけ会いに行ったよ

 

 

ホームに入ってしばらくしてから

「お前がここに入れたの?」と父が聞いたので

父の目を見て穏やかにうなずいた

 

後ろめたいことは何もない

調べに調べ 父にとって取れるベストとして選んだのだから

 

自宅から徒歩4分と近く

父もよく知ってる古くからある病院に併設されたホーム

父にも私たちにも安心感があるし、

兄も私も頻繁に会いに行ける

 

その私のうなづきに

父はちょっと驚いたような顔したけど

何も言わなかった

「お前がきめたんじゃしょうがないな」

という諦めて納得した様子だった。

 

私のことを信頼してくれているのを感じ

うれしかった。

 

 

私は父がこの世を去ってから

もっと何かしてあげられたらよかったと

罪悪感を持たないとずっと前から決めている

 

できない自分も含め、自己ベストで人は生きてるって

わかっているから。

それは私もそうだから

 

愛する人が亡くなった時

後悔して自分を責めている人を何人も見てきた。

 

でも、天にいる人は

「もっとして欲しかった」なんて思ってなくて

そんなことより

こちらの世界に残してきた愛する人に幸せに生きて欲しい

って願っていた。

 

そして、自分のことをほめてほしいって思っていた

人間らしい。

だから私はそうする

 

 

2015年父がまだ元気なころ

いつかやってくる父との別れにどう心の準備をしたらいいのかわからず、

看取りの仕事をしていたセラピストにワークをしてもらったことがある。

 

その時、気づいた

父との別れがつらいのは

まだ甘えたいからだと

 

もうたくさんたくさんしてもらったんだから

満足して

感謝して

お別れしないといけない

強く思った

そのことを今、思い出しています。

 

 

父の介護が始まってから毎朝、神棚に向かって

「父が最期まで安らかでありますように」と祈ってきた。

父自身も

「眠るように亡くなる人も案外多いんだよ」と言っていた。

 

それが叶おうとしている

最高の祝福をいただいています。

 

今日は、9/23に私と視線をしっかり合わせて

父が私に「さよなら」と言った日以来、

約1か月ぶりに

私のことを見てくれている感じがあった。

 

父を尋ねても

ここのところ

いつでもずっと眠っていたし

目を開けても

私のことを認識してくれている感じがしなかった。

 

でも、今日は、目を開けた時

私に意識を向けて

ちょっと悲しげな顔で

やわらかで心もとない視線で

「大変だよ」

「大変だよ」

と、私に訴えていた。

 

だから私は

「大変だね」

「大変だね」って

父の目をしっかり見て言いながら

涙がにじんだ

 

 

父がもっとずっと元気だった2年ほど前

自宅にかかりつけ医が往診してくれた時

「あとは死ぬだけですから」

と父が言ったら

 

先生は

「死ぬのも大変ですよ」

とたしなめるように返していていたのをよく覚えています。

たくさんの人を看てきての実感なんだろうなぁと思った。

 

今日も父はほとんどずっと眠っていて

たまにほんのちょっぴり目を開けたかと思うと

まぶたが閉じて

寝息をかいて眠っていた。

 

その眠りは、

すやすやと体を休めている感じではなくて

「今、すべき唯一のこと」

のような懸命さで眠っている感じなのです。

 

 

私とすぐ上の兄がいた時

院長先生と一緒に回診に来たあったかいベテラン看護士さんが

耳がほとんど聞こえない父の耳元で

すっごく大きな声で

父の名前を呼ぶと

 

父が

「はい!」って

かなり大きな声で一言返事をしたのでびっくりした。

 

看護士さんは

「私は声が大きいからね。しつこいし」

とニコニコしていた。

 

そんな風に関わってくれて

うれしい。

 

院長先生もにこやかに診察してくださり

「たんも大丈夫ですね」と言ってくれた。

よかった。

 

 

お昼は基本的に面会できない時間なので

お腹もすいたし、家に向かう途中

キラキラたちばな商店街で総菜を買って帰った。

 

向島エクスポにと

地元京島の人が手作りして取り付けたカラフルなフラッグが

うちのアパートのある通りに飾られていて

思わず写真を撮りたくなった。

 

父とのこんな関りと日々を

「そういえば

向島エクスポでカラフルなフラッグが

飾れていたときだったなぁ」

なんて

いつか回想するのかもしれない。

 

 

【95歳父の介護日記~父の老いに傷つくなんて弱っちいこと言ってないでって思って父に面会しに行った】
 

「父の弱っていく姿を見ているとつらいんですよねぇ」

近所の気持ちの良いカフェ「Litta(リタ)」さんでそんな話をした。

 

店主さんの身近な方も認知症が進んでいるとのことだし、カウンターでお隣の席になった方も94歳のお母さまが認知症が少しあるそうで、共通の話題。

 

「娘の会」という親の介護をしている女性の集まりに以前何度か行ったことがあるのですが、やはり同じような経験をしている人と話すと気づくことがあって心が少しラクになります。

 

ある認知症の人が、下半身裸でベランダに立った話を聞いてビックリしたのだけど、介護経験の豊富なプロにその話をしたら

「よくあることよね」と軽く言われて、また違う意味でまた驚いて、なんだか軽くなった話も興味深かったです。

 

認知症とは結局「物事を認知することについての問題」なんだという話も納得でした。

 

以前看取り師をしていた人が

「死は自然なこと」と私に語った言葉をよく思い出します。

 

父の死を、そんなに深刻に考えなくてもいいのかなと思ったりもしますが、父の老いや死について日々私が感じている悲しみと痛みは、兄たちとでさえ共有できないもので、誰にも理解してもらえない孤独で切ない苦しさであると感じています。

 

でも、カフェLittaさんの扉を出た時に

 

「父の老いが悲しくて痛いなんて、そんな弱っちいこと言ってないで父のところに会いに行こう!」

 

という思いが来て、帰り道に寄っていきました。

 

カフェ店主が「受け入れる」ということを最後に言っていましたが、ほんとにそれにつきるなぁと思います。

 

死や老いは人にとって大きな怖れで、

心をとらえられてしまうし、

認知症の親の様子には、戸惑い、心が揺れ、ショックだったりしますが、

そんなあれもこれも

 

そういうものなんだなぁ

 

と受け入れ

 

心が揺れてもいいじゃん 揺れるよ

 

ってそんな自分も受け入れながら

自分の「生」やイキイキとした命に目を向けて

楽天的にと心がけながら

日々の楽しさを作っていきたいなぁと思います。

 

「絵を描きたい」と思っていたら

今日お隣になってたくさんお話しした方が絵の教室をされているとのことで、見学させていただけることになりました。

 

一年ほど前に一旦お休みにしたピアノのレッスンも、問い合わせをしたら

「是非またいらしてください」

とお返事をいただき、6月から再開します。

 

ずっと気になっていたランニングのグループも見学に行こうかなと思っています。

 

いろいろトライしてみて、楽しめるものは続けていきたい。

 

GOOD LUCK to としえさん

 

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写真は、開店一周年のお祝いにLittaさんに届いたかわいいお花と今日のスペシャルケーキとルイボスティーです。

 

祝福の日の喜びを共有させていただきラッキーでした。

 

これからも光あふれる場でありますように