放課後になり、部室に顔を出す。

先に来ていた伯方がパソコンの画面を見ていた。時折、手がキーボードを打つ。 

僕は鞄を机に置いて、彼の近くに腰掛けた。


「あ、柚季」

「よう」


伯方が気付いて、画面から視線を外し、僕を見る。

僕は片手を上げ、挨拶した。

再びキーボードに視線を落とす伯方に、


「今日のLHRで師匠、何になったんだっけ?」


尋ねると、伯方が顔を上げた。

ちなみに、僕は時々伯方のことを「師匠」などと呼んだりする。

 

「体育祭のこと? バトミントンと借り物競走だけど」

「あ、同じか」

「そうそう」


と、雑談をしていると後方の部室の戸が開いて、蛍が姿を現す。

続いて、めいさんとここあが入ってくる。


「体育祭、バトミントンと借り物か!」


蛍がガシィっと僕の肩に腕を置いた。


「びっくりした……。蛍は、保健体育委員だから忙しいだろ」

「まあな」

「めいとここあは、結局何に出るの?」


僕が尋ねると、先にめいさんが答える。


「わたしは騎馬戦とバレーボール」

「ハードだね。ここあは?」


今度は横にいるここあに訊く。


「借り物とバトミントン」

「組む相手がいたんだ」

「うん」


頷いた彼女を見たあと、蛍が笑って言う。


「ま、参加する種目は決まったことだし、あとはくじ引きで場所を決めるだけだな」

「チームは?」

「鮎川のとこ、まだ決めてないのか? 明日までだろ」

「いや、決めた決めた」

「だよなー。早く決めてくれないと体育委員会でくじ引きができん」

「各クラスの保健体育委員が引くんだよね?」

「そうだ」


蛍は豪快に笑い、僕の背中を叩く。

けっこう痛い。


「精々楽しみにしてろ」

「めいは、何にする?」

日向が箸をくわえたまま、唐突に言う。
恐らく、体育祭の種目のことだろう。

「私は、バレーボールかなぁ…騎馬戦は、絶対上に乗る!!」

めいが言う。
相変わらず、ほのぼのとした顔をして、激しい。
伯方が、顔を輝かせる。めいの勇敢さに惚れ惚れしているのだろう。

午前をだらだらと過ごし、迎えた昼休みには、お決まりのメンバーが揃う。
伯方、日向、めい…

「鮎川、バドミントンしようぜ!」

背後から蛍の声が聞こえたかと思うと、細く綺麗な手が頭をくしゃくしゃに撫で回す。
「えっと…全員参加が騎馬戦とリレー…借り物競争…選択競技は何があったっけ…?」

伯方の言葉に、いち早く日向が反応する。

「バレーボール…バドミントン…卓球…バスケットボール…かなぁ…」

折った指の数と、挙げた競技の数があっていないのだが…

「んー…バドミントンかなぁ…」
「よしっ!」

蛍が抱き付いてくる。
苦しい…。

「1日目が全員参加で、二日目が選択競技だよな…」

伯方が訊ねると、めいが優しく微笑実で肯定した。


「私は借り物競争にする!騎馬戦はちょっと怖いから…」

日向の宣言に、伯方が大きく頷き賛同する。

「俺も、借り物。選択は…バドミントン。」
伯方が僕の方を見る。

「一緒に組もうな。」
伯方が頷く。

「鮎川の腕に任せきるよ。」

おい。

「えぇー…私ひとりぼっち?」
日向が不満の声をあげる。
彼女もバドミントン希望者か。

「女子で誰かいるだろ?」
「軽音部のメンバーは…?日向、ギターの男子とよく喋ってるじゃん。」
「甘文(よしふみ)は、このクラスじゃないもん…」
日向が膨れっ面になる。日向の頬を突くと、口から空気が飛び出した。

「もうっ!柚のバカぁ!」
日向が声を大きくし、反撃しようと僕に向かって、精一杯手を伸ばす。
短い腕はもちろん届かない。

必死に腕を伸ばす日向をにやにやして見ていると、両頬に、つままれ引っ張られる感覚がした。

「隙あり~!」
「蛍…おま…」

油断した。

「相変わらず、ふにふにして気持ちいいな!」
蛍が、頬をいじりまわす。蛍の手にあわせて、頬が形を変えた。

「蛍だと、やられ放題なんだね。」
めいが楽しそうに笑う。
その隣には、日向が妬ましそうな視線をこちらに向けている。

伯方は…相変わらず、めいの笑顔にみとれている。
確かに、めいの笑顔は目が輝いて可愛らしい。

「こら!」
蛍の手が、僕の頬を両側からぐっと押した。
行き場をなくした唇が突き出て、なんとも間抜けな顔になる。

「お前は俺だけを見てろよな。」

「虎我、危険な香りが…」
伯方がふざけて鼻をつまむ。

「きゃ~!」
日向が右手で鼻をつまみ、左手を顔の前で振る。
さっきの仕返しのつもりだろうか?

何だか、めいの表情が生き生きしているように見えるが…気のせいにしておこう。


清らかな朝の空気が、開け放った窓から入ってくる。

談笑しながら、僕と虎我蛍は歩いていた。


「にしても、お前がこんなに早く来るなんて、一体何の用なんだ?」

「そういう蛍も、何でいるのかな?」


質問に質問で返すと、少し不機嫌な顔で言う。


「問い返すなよ」

「はいはい。僕は図書室に本を返すために」

「昼だと混むからか」

「そう。で、蛍は?」

「俺は可愛い舎弟に会いに」

「舎弟?」


僕が首を傾げると、彼が説明してくれた。

蛍に友人は多いが、その中でも特に親しい友人に弟がいる。

その弟がまたイケメンで、かつ少し馬鹿なので色々と手を貸してるのだそうだ。

今日はその子が日直。早めに来て、見守ってあげようと思ったらしい。


「そういうわけで、俺はそろそろ行くぜ」

「可愛がるのもほどほどにしなよ」

「わかってる」


まあ、可愛がる分、その信頼を裏切ったら大事になることを僕は知っている。


以前、蛍と仲良くしていた奴が、実は不良グループのスパイだったときがあった。

蛍は、僕の通う学校付近を占めるグループのヘッドをしているので、その動きを探るためだった。

それを知った彼は、その不良グループのたまり場である学校に乗り込み、壊滅させたとかしないとか。

可愛さ余って憎さ百倍、ということだ。




僕は到着点である図書室で本を返すと、教室に向かった。

ふと、廊下の掲示に、真新しい紙が貼ってある。


『第十五回、体育祭』


その前で立ち止まり、僕は呟く。


「ああ、もうこんな時期か」


もしかしたら、今日のLHRは体育祭の種目に誰がどれに参加するかを決める時間かもしれない。

そう思いながら、再び歩き出した。




「相変わらず、綺麗な顔だな。絵になるぜ。」




虎我蛍が、僕の顔を覗き込む。




「綺麗じゃないよ。神様の失敗作です。僕の顔は、福笑いです…」



「精密な福笑いだな…。」

蛍が僕の頬をつつく。



「俺はお前のイケメンに目を付けたんだぜ?」




蛍がにっと笑って見せる。


女の子がイケメンに目をつけるなら分かるが・・・




「危険な香りがします・・・逃げてもいいですか?」


「そういう意味じゃないから。」




蛍が笑いながら答える。僕もつられて笑った。






虎我蛍とは、剣道部で知り合った。


初めての会話は・・・




「よっ!イケメン!!」


「・・・イケメンじゃない・・・です・・・。」




既に知り合いであるかのような会話だが、面識は全くない。


突然、見知らぬ人に声をかけられ戸惑う僕に、蛍はにっと笑って見せた。




「俺、虎我蛍な!」


「僕は・・・鮎川柚季・・・よろしくお願いします、蛍君。」


「君付け禁止!!蛍って呼ぶこと!!」




蛍が腰に手を当て、力強く言う。




「あ・・・はい・・・。」




満足そうに、蛍が大きく頷く。




「改めて、よろしくな!!柚季!!」




僕は、差し出された綺麗な手を強く握り返した。








「柚季~?」


「え・・・?あ・・・ごめん・・・。」


「また、ぼー・・・っとしてたな。」




蛍が苦笑いするでも、怒るでもなく、僕の顔真似をする。




「・・・似てる。」


「だろ!!さすが俺様!!」




胸を張って見せる蛍が、無邪気で・・・




「可愛いね。」


「・・・なっ!!」




蛍が照れる。




「俺様は可愛いいんじゃない!!カッコイイの!!」


「はわわわわ・・・!!」




照れ隠しに、蛍が僕の頬を両手で引っ張る。


やっぱり可愛いのだが・・・言うとさらに引っ張られるので、ここは謝っておく。




「ごめんなはい~・・・」


「ん、よろしい!!」




蛍が腕を組み、満足げに頷く。照れた笑顔が可愛い。




裏組長というあだ名と、ネクタイを着崩し、鎖骨が見えるほどワイシャツのボタンをはずし、髪を金に染めている外見が彼を近付き難い人間にしているが、彼に憧れる人間は多い。




彼の整った顔も、人気の理由であるが、外見とは対照的に、気さくでさっぱりとした気持ちのいい性格、面倒見のいい性格は、未だに彼の人気を上昇させている。




「伯方君?」


竜崎さんが、俺の顔を覗き込む。


「どうしたの?ぼー・・・として・・・」

「え・・・?いや、なんでもない・・・です!!」


慌てる俺に、竜崎さんが微笑みを返す。


「もうこんな時間!!そろそろ帰ろうかな?」

「あ、私も・・・!!」


2人が荷物を持ち、ドアに向かう。


「明日も来るかも。」


竜崎さんの言葉に、思わず「ぜひ!!」と答える。

鮎川が後ろで笑っている。


「また明日。」


日向さんと竜崎さんが声を揃え、部室を出て行った。

静寂の中に、鮎川と俺が残される。


「僕も帰ります。」


鮎川が鞄を手に取る。


「俺はもう少し残ってから・・・。」

「あんまり遅くなるなよ・・・夜道の危険は女に限ったことじゃないから。」


鮎川がにっと笑って見せる。

その言葉、その綺麗な顔に、そのままそっくり返してやりたい。


「さよなら。」


鮎川が教室を出る。

足音が聞こえなくなるのを確認し、パソコンに向かう。


右隅に置かれたファイル―馬鹿が考えたこと―をダブルクリックする。


今日の暖かな時間を記録することにしよう。