こんにちは!onekof(オネコフ)です
心と体は密接に繋がっているのは皆様ご周知の通りだと思いますが、
如何せん心は目には見えないものやし、
刻一刻と瞬時に変わるので、
中々自分のことながら実態が掴みにくいのかもしれません
※お食事中の方はご注意下さい!!
でさ!心の状態が
“ベンピーズ”→便秘か
“ゲリーズ”→下痢か
によって対処の仕方が違うんじゃないかと思って
オネコフなりに体に例えて考えてみたので、
うまくいってないと感じる人はやり方変える参考にしてみてね
まず《健康な体の状態》ていうのを
①食べる
↓
②消化する
↓
排泄する
と定義いたしまして、
これを心の状態として勝手に置き換えると、
《健康な心の健康》
①感じる
↓
②味わう
↓
昇華(経験or忘れる)
だと思うんです!
これがうまくいかないと便秘か下痢になると
《心の便秘状態》
①感情がわく
↓
②消化するのが苦しいから我慢する
↓
詰まる(抑える・溜め込む)
結果→爆発する
《心の下痢状態》
①感情がわく
↓
②消化をサボる(感じようとしない)
↓
麻痺してすぐ出そうとする
結果→感情が麻痺する
これ同じ人でもどっちかしか起こらない訳じゃなくて、
ネガティブな感情は便秘でポジティブな感情は下痢とかもありえーる
【対処法】
①感情を感じるのがうまくいってない場合
まずはしっかり消化(感じ切る)こと!!
慣れてなかったら怖いかも知らんけど、
腹が立っても、嫉妬しても、悲しくても、
飽きるまで感じてみなはれ
てか本当に飽きるからw
ちなみに感情と氣分は違うからね\(^o^)/
参照記事→感情と氣文の扱い方は全然違いました。
ここでもし、
「そんなこと言っても、どんどん怒りが増大します!」
「だんだん悲しみが強くなってきたらどうするの??」
「狂おしいほど誰かを恨んでるのはどうしたらいいんですかっ?」
などの収まらない時って
その受けた刺激以外のこともくっつけてる。
例えば、
街ですれ違った人に足を踏まれたら
「痛った〜」って腹立つとするやん?
大概その痛みがなくなる頃には踏まれたこと忘れるw
にもかかわらず、そこに
「悪いことしたのに謝らないなんてヒドい」とか
「文句の一つでも言ってやればよかった」とか
「足踏まれるとか私存在感ないんかな?」とか
「私悪くないのに凄いバカにされた氣分」とか
価値観、セルフイメージ、常識と見せかけた自分だけの基準が、その感情をエスカレートさせてるねん。
かすり傷すら負ってなくても骨折したかのよう騒いでしまうw
自分の感情に振り回されると時間がいくら合っても足りへんから、
・感じきる
ことと
・余計な価値観をくっつけない
ようにするとしっかり排泄できます
②味わうのがうまくいってない場合
ベンピーズさん→味わえてる
ゲリーズさん→味わえてない
のが両者の違いなんやけど、
ベンピーズさんはネガティブな感情を否定していたり、
ポジティブな感情でも『自分だけが良い思いしてはいけない』とか思ってたりすると、
溜め込みがちになり便秘
ゲリーズさんは感情を味わうと、疲れると無意識に思ってたり、
クセみたいに感じる前に思考で対処してしまうので
消化しないまま下痢
でね!
短期間とか多少調子悪くても死なないしw
だから何って言われたら大したことないんかも知らんけど、
オネコフのブログをご覧くださってる方はやっぱり
“自分らしさ”とか“魅力”に
興味があると思うんです
なぜこんなにベンピとゲリを連呼してまでw
感情を味わうことをオススメしてるかというと、
やっぱり自分軸に基づいた魅力ってのは
感情にフタしたままやと発揮されづらい
かくいう私も感情にフタしてるなんてことに氣付かないまま30年位生きてきて、
去年初めて自分と向き合って感情を味わうようになったからわかるけど、
好きとか嫌いとかから始まって、
自分を抑えてる価値観を顕在化したり、
社会で生きていく上で身に付けてきた、
もしくは身に付けざるを得なかった術のうち
自分に不要だと教えてくれるのは、
感情なんすよ!!!
【本日の無敵の法則】
→感情が自分らしさを取り戻す整腸剤♡
お粗末様でした