管理栄養士の専業主婦!アラフォー☆アンジュの毎日
私立高校2年、公立中学2年になる2人の息子、公立小1年の娘1人を持つ。せっかく管理栄養士の資格を持ちつつ、残念ながら只今無職中で、専業主婦…。さてさていつになったら復職出来るのか…?はたまたこのまま子育てに専念するべきなのか…?今をひたすらに生きていこうとするアラフォーのブログ。いつも御覧下さり感謝します。
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つづき2

母の言葉のつづきである


日本も『韓国』に『見栄』を張って

『大金』を一度に渡し過ぎた


向こう側は

そんなに『簡単』に
『大金』を出せるんだから

もっと『粘れば』更に
簡単に
ポンと『大金』を
支払ってくれるだろう


もっと『余剰金』あるんだろう??

と思ったんだろう


例えて言うなら
向こう側は
腹一杯食べた経験が無いのに
(そんな大金を一度に手に入れた事が無いのに)

腹一杯食べたから
(大金を手に入れたから)

胃袋が広がって
(色んな事にお金が使えることを経験し)

余計に『空腹感』が増すし
(足らない事を知り)

『食欲』が増した
(大金が欲しくなった)


大金を持ったら
『誰しも』経験する
『落とし穴』


日本は、韓国に
少しずつ『分割』で支払えば良かった

相手の『胃袋』を大きくさせた事は

日本にも『責任』はある



以上が
私の母の言葉である

つづき

母は、こうも付け加えた


日本人女性は『耐える』

周りとの『調和』も考えるし

自分の『悲惨さ』を
いくら『訴え』ても
『世の中』に『飽きられる』
事も知ってる


ひとところ騒いでも

自分たちが『惨め』になるだけだし


そんな事をいつまでも
『引きずって』生きることが
更に、『悲惨さ』を
思い起こすだけで
『意地が悪くなる』だけだし

『泥のかけ合い』になる

心に『余裕』が無くなるし
心が『汚れる』


忘れるべき事は忘れて
『生まれ変わった』と思って
『新しい』人生へと
切り替えた方が
『前向き』に生きれる…


…と。

余りにも続く『慰安婦問題』を考えてみる

母が昔言っていた事を

忘れない様に

まず、第一に書いておこうと思う


第二次世界大戦の後

『進駐軍』が日本中に留まっていた頃

『外国軍人』相手の『慰安所』
の様な物があった


若い『未婚』の女性を

『募集』していた

ポスターなどが

街中にあちこち貼られていた


日本は『敗戦』し

日々の食うにも困ったあの頃


近所の二十歳に満たないだったかの

女の子が『お金』を稼ぐ為に

外国人相手でも良いから

働きに行く


という『騒ぎ』があった


近所に住む周りの

おばあちゃん達は

皆、こぞって反対した


「そんな所に行ったら

『外人さん』の子供をはらんで

捨てられる

そんな子、ようさんおる話しやから

止めとき

貧しくてもええやんか


それに

その子産んだら

一人で育てられるんか??


お金も貰えんと

捨てられて


女手一つで
働いて育てなアカンねんで!


『異人さんの子』や言うて
イジメられるで!!」





「それでも良い!

私は働かなアカンから!」


結局、皆の『制止』も聞かず

街を離れて『一人』で
そのポスターに書かれている所へ
飛び込んで行ったそうだ


そこに、母が付け加えて言う

『日本人女性』は

そこで酷い扱いを受けて

捨てられたのに

『文句』一つ言わず

その上

自分が判ってて飛び込んだんだから

と腹をくくっていた


全てを『耐え』忍んだ


騒ぐ事が『恥』であり

周りに『迷惑』をかけるから

と『押し黙って』いる


『どこかの国』と違って…







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