玉響 ひとときの空想Time -5ページ目

玉響 ひとときの空想Time

未熟で拙い文章ですが、読んでくださった方、何らかのコメントを頂けると嬉しく思います。

117 voice 後編




 もうすぐ春休みも終わる。

春休みが終われば新学期だ。

今年は桜の開花が早く、もう咲き始めていた。

始業式には満開を通り過ぎて散り始めているだろう。

あの男の事があって以来、さくらに会いたい気持ちが抑えれなくなって、いつか張り裂けてしまいそうな、そんな気持ちで毎日を過ごしていた。

顔も見たこともないのに、どうしてこんな気持ちになってしまったのだろう。

「翔太、何ぼんやりしてるの。全く、毎晩居間でこそこそ、なんかしてるんでしょ。夜更かしもいい加減にしなさいよ」

ばれてたのか。

流石、親だ。

「休みなんだから、いいだろ」

ぶっきらぼうに僕は返事をした。

「いい加減にしないとね、お父さんに言って叱ってもらうからね」

聞こえないフリをして僕はTVを見ていた。

そんな事言われたって、さくらと話すのは辞められなかった。

毎夜、117のダイヤルを回していた。

あと2日で春休みも終わる。

今日、思い切って、さくらに会いたいと言ってみよう。

あの男みたいに嫌われるだろうか。

それが、僕を迷わせていた。

もし、嫌われて話すことも出来なくなったら…。

その方が辛い気がした。

0時の時報が鳴ると僕はさくらを探した。

「もしもし。さくら、居る?」

「もしもし。居るよ」

そんな言葉でいつも会話は始まった。

「そろそろ寝なきゃ」

さくらが言う。

僕はどう言い出そうか心臓がバクバクし始めていた。

「あのさ、さくら…」

「何?」

「さくらと一緒に中央公園の桜を見に行きたいって思うんだけれど…どうかな?」

さくらは黙っていた。

その沈黙が怖かった。

ほんの数秒が永遠のように感じた。

僕は瞬間冷凍されてしまったようにカチンと凍ってしまった。

「うん。いいよ!」

え?

え?え?

「いいの?」

「うん」

あんまりにもあっさりしていたのであっけに取られてしまった。

「じゃ、じゃあ、明日、11時に中央公園の門の所でいいかな」

「分かった」

中央公園は家から自転車で15分。

さくらも家からもそんなに遠くないと言っていた。

今まで何時間、何十時間と話していた。

実際に会っていたら何度会えていたのだろう。

そんな事が頭を過ぎっていた。

僕は10時半に家を出る。

「翔太、お昼ご飯はいいの?」

母が後ろで聞いている。

「出店で何か食べるからいい」

そう言って家を飛び出た。

中央公園の入り口の門に自転車を止めてもたれかかって僕はさくらを待った。

今、気づいたが、どうやってさくらを見つければいいのだ。

何も特徴や服装、目印、何も教えあってなかった。

――― 声!

そうだ、毎晩話して聞いていた、声だ。

さくらの声を探しにいくしかない。

11時。

門に女の子が3人待ち合わせをしているように門にぴったりとくっついていた。

どの子だろう…。

髪の長い、水色のスカートを履いた女の子はずっとうつむいていて顔が見えない。

ふっと一瞬顔を上げた時目が合った。

僕はなんとなく、その子が桜の気がして声を掛けることにした。

一歩ずつ近づくにしたがい、僕の心臓の鼓動はスピーカーで全国放送されてしまっているんじゃないかと思いだんだん赤面していくのが分かった。

「あの…。さくらさん?」

「はい」

ずっと今まで電話越しに聞こえた声と同じだった。

さくらも恥ずかしそうに頬をピンク色に染めて桜の花びらみたいだった。



「はじめまして」



そう言い合うと、僕たちは照れながら笑顔になった。






あれから20年。

私の隣にはあの頃の面影を残した綾子がいる。

私達は二十歳でちょっと早めの結婚をし、息子は16歳になっている。

娘は14歳だ。

2人ともパソコンにへばり付いてオンラインゲームとチャットに夢中なのだそうだ。

当時とは形を変えたコミュニケーションツールに興じる、そんな子供達を危うく感じつつも、その姿は20年前の16歳の私と重なって見えている。

私と綾子は毎日、子供達を目を細めて微笑み見つめている。

多分、綾子も昔の自分の姿を見ているようだと思っているのだと思う。



終わり




 この話を書くきっかけはTV番組で(1987年って自分で書いているんでその位の頃なんですかね)東京のある地区に限って、だったと思うのですが、時報にかけると複数の人と話が出来ていて、気の合う人たちで今で言うオフ会をしたり、と、ある種のコミュニケーションツールになっていた、と言うことを知り、面白いな、と思ってこんな話もありそうだな、と思ったことがきっかけになりました。

 これを書いた当時、ネットで調べてみたら、丁度当時117によくかけていた、と言う人のブログを見つけて、コメントしたら書いたら話を読んでくれたんですよね。
実際は、人数が多すぎて話がまとまらなかったり、まあ、気の合う人達で、オフ会みたいに会って飲んで騒いでいたと聞きました。ロマンスはその人に限ってなのか知りませんが、皆無だったと聞きました。(笑)

私が書いたようなこんな清い話は、当時117を使っていた年齢層からしても、まずないんじゃないか、と言われました。(笑)

でも、こんな話、あったらいいよね、こんな話書く人がいて感動した!と、言ってもらえて嬉しかった記憶があります。(笑)

 これは混線が原因だと思うのですが、まあ、今のチャットやらスカイプやらLINEとかのSNSの走りのようなものだよね、とか思います。

 少し形が変わってきただけで、基本的に人と人とを繋ぐコミュニケーションツールであることは何ら変わりはないと思います。

 まあ、昔は私もオフ会とか行ったりしてましたが、最近は皆無ですね。
年取ったんでしょうが、行動力が落ちたことは間違いないです。(笑)
私は人に興味を持つ方なんで、お話するのは好きな方なんですね。
思いがけず、いろんな意味で心が惹きつけられたり、普段は話さないような話もすっと出来たりするので、こういう関わりで、ある意味バランスを取っているのかもしれないと思ったりします。

時々、なぜ近い距離の人よりも、どこの誰だか知らない人の方が素の自分で接すれるのだろう・・・などと思います。

利害関係が全くないから、だとは思うのですが、結構、これ思う人いると思うんですけどね。

私はSNSを使うことに対しては、使い方次第、だと思います。特に過度に批判的という訳ではないです。まあ、だって面白いですものね!

これを見つけて、なんだかとても懐かしく思いました。